理論と情熱

昨日NHKの「その時歴史が動いた」を見たのですが、今回は二宮金次郎の物語でした。
勤勉の象徴のような人だということは私も知っていましたが、いつの人で実際に何をした人なのかということは今回初めて知りました。

大抵の方はご存知なのかもしれませんが、一応書いておきますと
江戸時代末期の農政学者で農業生産の向上に尽力し、数万人の餓死者が出たと言われる「天保の大飢饉」の際には故郷の小田原藩で4万人の飢えに苦しむ農民を救った。
「天保の大飢饉」の後の「天保の改革」では、農民の出身でありながら幕臣に抜擢され、飢饉で荒廃した農村の復興に努め、生涯に600以上の村を復興させた。
という人物です。

彼の話を見ながら感じたのは、人の心を動かすのに如何に情熱が大事がということです。今、二宮金次郎というと熱心に勉強した勤勉な人物という人物像が先行していて、私自身「勉強ばかりしていた人(今風にいえばガリ勉)」で頭でっかちな人物のように思っていたのですが、実際の彼はそうではなかったことがよく分かりました。

飢えに苦しむ人を救う為に彼は「協同組合」のようなものを考え出したそうです。
彼が考えた事は確かに素晴らしいことだったと思います、でもそれをただ主張するだけでは、多くの人の賛同を得ることは出来なかったのだろうと思うのです。
「飢えに苦しむ人を救いたい」というその情熱に、ほだされたりあるいは圧倒されて、彼の主張に多くに人が耳を傾けるようになる。そうやって、彼は飢えに苦しむ人々を救ったのです。

かつて私は大手塾で校舎責任者をしていました。当時は末端ながらその塾の幹部であったと言えると思います。その時当時20代半ばだった私は、会議や研修会などで自分が正しいと信じることを遠慮なく主張し続けました。会社を発展させたい、もっと良い塾にしたいと色々考えていたのです。ですが、それはほとんど採用されず、自分の考えの正しさを信じ切っていた私は
「何で分かってくれないのか?」
「正しい意見が採用されないのに、なぜ会議をする必要があるのか?」
と心から憤慨していました。不満もかなりたまりました。

ですが、今なら自分の意見が採用されなかったことの理由がよく分かります。
内容は正しかったのかもしれない(間違いだったかもしれない)が、その意見にどれだけ自分の熱意や情熱をこめることが出来たのか?それがポイントだったように思います。それに発言している私自身が周りからどれだけ信頼されているか?ということ。
校舎責任者になったばかりで、知ったようなことばかり言う私のような人間の発言は信頼出来ない。もっと実績を出してから文句を言え。そう思った人が多かったのでしょう。今ならそう感じます。
その当時は主張が正しければ必ず採用される。そんな思い込みがあったと思います。
まさしく理屈倒れです。

「私に任せてもらえませんか?」そう言って、
「あなたがそういうなら任せよう。」と言われるだけの
実績と経験とさらに情熱を積み上げていきたい。そう思います。
どうも私は、理屈ばかり先に立つところがあるので…。
二宮先生にあやかりたいものです。
[PR]
by soul_doctor2005 | 2006-03-16 10:16 | 日常の出来事
<< 覚えることの大切さ 塞翁が馬 >>