心のエネルギー

昨日「しばらく更新できないかもしれない。」
と書いておいて、早速更新です。
気が向けばどんどん書くのですが、
気が向かないと全く書きません。
この気持ちのムラが私の欠点なのですが、
なかなか直りません。
今後も不定期な更新が続くと思います。

仕事柄、よくいろいろな文章を読む機会があるのですが、
自分で好んで買う本もありますし、
国語のテキストで出てくる文章もあります。

数年間は同じテキストを使うので
国語のテキストの中で出てくる文章は
何度も何度も見かけることになります。
また授業の題材ですから、
家で趣味で読む本の数倍気を入れて読みます。
ですから、心に残る文章も多いのです。

その中でも特によく見かけるのが河合隼雄さんの文章。
「読むクスリ」などの作品で知られている随筆家です。

その河合さんの文章の中に
「心のエネルギー」というものについて
書かれているものがありました。
(ちなみに小学5年生のテキストに収録されています。)

要約すると
人間には「身体的なエネルギー」とは別に
「心のエネルギー」というものがある。
精神的に疲れるというのは
「心のエネルギー」を使って消耗することだ。
心のエネルギーには量があって、
使うと消耗するから、節約に努めるようになる。
ところが、普段「心のエネルギー」をほとんど使わないような人
(筆者は例として役所の窓口の人を挙げています。)
の方が、元気が無く見た目にも疲れていて、
もの凄く活動的で仕事でも趣味でも、
休み無く活動しているような人の方が
元気で活発で楽しそうに見える。
これはなぜなのか?

それは楽しみややり甲斐を見つけることで
新しい鉱脈を見つけるように
「心のエネルギー」そのものが増大するからではないかと
考えられる。
逆に言うと、楽しみややり甲斐のない人は
「心のエネルギー」が減少すると思われる。

こう考えると
「心のエネルギー」の節約ばかり考えず、
新しい鉱脈を見つけるように努めるべきで、
そうすると人より多く活動しても
それほど疲れないのではないか。
「心のエネルギー」は節約ではなく、
上手く流れるようにしていくほうが結果としては良い。

という内容です。


この文章を読んでいて
今まで思っていたことそのままだと思いました。
言葉は悪いのですが、
無気力な人間はとことん無気力で
活発な人間はとことん活発なのです。

塾の生徒の中にも、
もの凄く忙しいスケジュールで
生活している子供がいます。
週7日必ず何かの習い事があるという子もいます。

いつも時間に縛られて
とてもかわいそうだと思うのですが、
案外そういう子の方が元気で、
楽しそうなことも多いのです。

なぜだろうと疑問に思うのですが、
これは上の河合さんの文章を読むと
わかるような気がします。

「だからどんどん習い事をさせろ。」
ということではなくて
「子どもたちに熱中出来ることを見つけてやろう。」
ということなのです。
これは大人も同様なのではないでしょうか?

何かに熱中しているときは
私のような人間でも時間も疲れも忘れます。
こういうときは「心のエネルギー」が絶えず消耗し、
さらに絶えず補給されている状態なのだろうと思います。
だからあまり疲れないのですね。

子供でも大人でも何かしようとすると、
面倒がってやろうとしない人がいます。
これはとても損です。

大学生の時、私は大学祭の実行委員を3年間やりましたが、
これは大変な仕事でした。
授業の合間や、夕方や夜ずっと準備に追われますし
大金を扱うので、失敗したときの責任も重大です。
だから、ほとんどの人がやるのをいやがります。
私も元々は係をやるのをいやがった先輩に押しつけられたのです。
ですが、みんなで力を合わせ、最後までやり終えたときの充実感は最高でした。
この充実感を毎年味わいたくて、3年間も実行委員をしてしまいました。

今の仕事でも、大学時代ほどではないのですが
その充実感を味わいたいという思いがあります。
そのために、絶えず新しいことを考えるし、
型どおりの授業や指導はしたくないと思います。
それが、結果に現れることで、 新しい「鉱脈」が掘り出され、
新しいやる気がでてくるのだと思うのです。

「やるか、やらないか」で悩んだら、
まずやってみるべきです。
何か必ず得るものあります。
それが失敗や教訓かもしれませんが、
何もしないより遙かにいい。

文章を読んでそう感じます。
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by soul_doctor2005 | 2006-03-30 00:04 | 塾の仕事を通じて
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