正義って? 正しいって?

私の好きな小説家の一人に田中芳樹さんがいます。
田中さんの作品については、私の「読書評」で紹介しているので
興味のある方はそちらを見ていただくとして、
その田中さんの作品の中でこういうくだりがでてきます。

「"正義は必ず勝つ"というのは”強い者は必ず勝つ”
というものよりはるかに危険です。」

これは、「アルスラーン戦記」という作品の中で、
主人公の王子に、軍師であり教育係でもある青年が語る言葉なのですが、
この作品を読んでいた頃は高校生、
あまり言葉の意味がピンと来ませんでした。

でも最近、この本を読み返してみて、
今はとても深い意味のある言葉だなと感じます。

人間ってたいていの人は自分が悪いと自覚していたら
そんなに悪いことは出来ないものだと思います。
(最近の事件を見ると「そうとも限らない」とも思いますが…)

やはり人間がとことん悪事を働けるときというのは
「自分は正しいと信じ込んでいるとき」ではないでしょうか?

オウム真理教がかつておこした犯罪の数々。
まともな人間から見れば、あり得ないような事を実行しています。
非人間的で残酷な事件もあれば、
小学生が考えるような馬鹿馬鹿しい幼稚な事件もありますが、
どれも教団の教えが正しいと信じ込んでいるからできることです。

宗教そのものを否定するつもりは全くありませんが
「宗教的な正しさ」には説明も証明もいりません。
宗教には、たとえ非現実的なことでもそれを信じ込ませる力がある。
これは事実だと思います。

宗教の正しさを信じ込んだ人々が
ときに恐ろしい事件を引き起こすことは
歴史の中でも度々あることです。

また、「悪事を働いている」とかそういうことでなくても
日常の中で「自分は正しい」と信じ込んでいるときは
自分の考えを押し通そうとして、
まわりと衝突する場合が私にはあります。
「自分が正しい」と思うと何だか引っ込みがつかなくなるし、
「自分が正しいのだから、自分の意見が通るべきだ。」とつい思ってしまうのです。
でも、「何が正しいのか?」というのは明確な基準のないものですよね。

どんな世界で生きていても、その世界の常識やルールに「正しさ」は影響されます。
だから、詳しく知っているわけではないですが、
恐らく
日本人が正しいと信じていることの中には
外国では全く通用しないものあるでしょうし、
外国人は正しいと信じているものが、日本ではそうではない。
ということもあると思います。
一方で、人間であれば誰にでも通じる「普遍的な正義」のようなものも
あるのではないかとも思います。

こうして考えてみると
私が正しいと信じているものが
どのくらい世間で通用するものなのかもわからなくなってきます。

ただ、それでも生きている以不、
自分が正しいと信じるものを基準として
生きていくしかないようにも思います。
これが信じられなくなってきたら、
疑心暗鬼に陥って生きていけなくなりそうですから。

でもその場合も自分の正しさを信じ込むのではなく、
まわりの意見も採り入れながら
軌道修正しながら、
「自分の正しさ」と「世間の正しさ」のバランスをとっていく。
ということがいいのではないかと感じます。
何となくそういう考えかた自体がとても日本的で
外国では通用しないような気もするんですが…。

こんな風に考え出したら本当に堂々巡りになってしまいます。
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by soul_doctor2005 | 2006-07-24 22:40 | 日常の出来事
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