自信過小、自信過剰

私の大学時代の話です。
当時私はよく友人とカラオケに行っていたのですが、
その時、適当に一つのグループの曲を片っ端から予約して、
順番に曲を知っていても知らなくてもとにかく歌う。
というようなゲームをやっていました。
歌えなかったら罰ゲームです。
近所の家にトイレを借りに行くとか
日本酒とか、ビールとか、ウイスキーとか、焼酎とかを混ぜ合わせた
何だかわからないような酒を一気で飲まなくてはいけないとか、
パンツ一丁で近所の店に買い物に行くとか
そんな罰ゲームでした。
今考えればアホみたいなことなのですが、
そんなことがなぜか流行っていたのです。

そういうこともあって、知らない曲でもそれなりに一生懸命に歌うのですが、
私が歌うと周りに人にクスクス(時にはゲラゲラと)笑われました。
音痴だということではなくて(音痴かもしれませんが)
「お前って、何で知ってる曲と知らない曲で歌い方がそんなに違うの?」
と言うのです。
確かによく知っている曲は自信があるので、朗々と力一杯歌います。
「歌えない」という心配がないので、楽しんで歌えるわけです。
知らない曲だと罰ゲームがあります。
気になるし、よく知らないから恐る恐る歌います。
当然自信なさげに歌ってしまうわけです。
確かにその落差は結構あったかなと思います。


このカラオケだけでなく、
他のことでも
よく知っていて慣れていることはどんどんやって、
慣れていないこと、自信がないことには及び腰になってしまうことが私にはあります。
ふだんの生活でも慣れていることばかりしているので、
家でやっていることも大体同じようなことで
出かけてから行く場所も大体決まっているという感じになってしまっています。
ふり返ってみるとちょっと淋しい感じもします。


子どもたちが勉強に取り組むときもそんな傾向が感じられます。
自分が得意な科目は自信満々で、
答合わせでも「当てろ、当てろ」としつこいくらいの子が
苦手な科目になると、
指名されないように、静かに目立たないようにしていたり…。


子どもたちだけじゃないですから
子供ばっかり責めてはいけないですが、
「自分の安全地帯を決めてその範囲からは出ない。」
そんな生活に私たちはなりつつあるように思います。
自信のあるものは「自信過剰」になって、
自信のないものには「自信過小」になる。
そんな感じでしょうか・
慣れないもの、苦手なものに挑戦するということが最近少ないようだと反省です。
世の中が便利だから、
つい「こんなこと出来なくても何とかなる。」と思ってしまうし、
実際何とかなってしまう。
それだけに新しいことを、「苦労してやることない」とつい思ってしまいます。

考えてみたら、最近ちゃんとした「外出」というのがとても少なくなっています。
出かけると言っても車で移動して、
ショッピングモールとか何かの施設とか
どこか屋内の建物に入っていくという「外出」が多いです。
純粋に外にいる時間は本当に少ない。
これって「外出」って言えないかもしれませんね。

物騒な世の中ですから、
出来るだけ安全に暮らしたい。
そのためには仕方ない
という気もするんですが…。
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by soul_doctor2005 | 2006-08-30 21:19 | 日常の出来事
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