卒業祝賀会

今日は、受験の終了した小学6年生の卒業祝賀会でした。
今まで、ずっと塾では勉強ばかりやってきたのですが、今日に限っては勉強禁止です。
午前中から食事やお菓子や遊びの準備をして、子ども達を待っていました。

今年は、私が家からホットプレートを持ってきて焼きそばを作ることにしていました。
去年は子ども達が遠慮してかなり用意した食べ物が余ったので、焼きそばもどのくらい食べてくれるのかちょっと心配でした。そのほかにもオードブルやたくさんのお菓子や飲み物を準備していました。

とにかくずっと頑張ってくれたので、今日は楽しんで欲しい。そういう思いでした。
せっかく来てくれるのだから盛り上がって楽しんで欲しい。祝賀会の時はそれだけが気がかりです。

ですが、今年の子どもについては全く杞憂でした。
私たちが特に盛り上げようとしなくても、どんどん子ども達で盛り上がってくれて、本当に楽しい会になりました。本当に良かったです。

盛り上がりに比例して、会場になった教室も、ひどい散らかりよう。
「片づけが大変だ」と思いながら職員室で一息ついていたら、午後9時をまわった位になって、遊んでいたはずの数人の女子生徒が後かたづけを始めました。
お客さんのはずの子ども達の行動にあわてて私も片づけを始めたのですが、子ども達の片づけ方が本当におざなりではなく丁寧で、しかも細やか。
時間も遅かったので、ある程度片づいたところで「もういいよ。ありがとう。」と片づけを終えるように促したのですが、それでも結局ゴミの分別から、机の整列、床の掃き掃除から、机の拭き掃除までやってくれました。
今までの授業の中ではみることの無かった子ども達の姿を見て感心しました。
そして、「自分は今まで子ども達の一面しか見ていなかったんだなあ」と感じました。勉強ができることより、ずっと大切なことを知っているし、できている。
それがとても素晴らしいことだ思ったのです。

ずっと教えてきた子ども達を送り出すのは、本当に寂しいことです。
でも寂しいのは指導者の方だけで、たいてい子ども達はケロッとしているものです。

ですが、今年最後まで残ってくれた子ども達は、「寂しい」とか「まだ帰りたくない」と言ってくれました。
それぞれが、授業で自分が座っていた席に座って、「ここに○○さんがいて、こっちに○○君がいて…」と授業の時のことをひとしきりみんなで話しました。
全員では無いとしても、塾に来れなくなることを惜しんでくれる子がいたことが本当に嬉しかったです。

私が今の職場に来たのが一年半前。その時はこの子達は5年生でした。
塾長から「この学年は大変だ」と言われていたのですが、本当でした。
ものすごく賑やかで、最初は授業が上手く進められず、叱ってばかりいました。
思うように授業が進められるようになって来るまで、一月近くかかりました。
6年生になってからも、あまりに緊張感が無い様子に、やはり叱ってばかりいました。
「とにかく自分がどんなに嫌われても、子ども達の力をつけなくては…。」
そう思っていました。だから、この学年では自分はあまり好かれていないと思っていました。それだけにうれしさも格別でした。

最後に残っていた子ども達が、帰り際に一人一人頭を下げて「ありがとうございました。」と言って帰っていった時には、正直涙が出そうでした。
われわれの塾に来てくれたことを、心から感謝しました。
と同時に「もうこの子達に授業をすることは無いのだ。」と思うと寂しくて仕方なかったです。

今日来てくれた子ども達の中には、多分もう二度と会うことが無い子もいるはずです。
全員が揃って塾に来てくれることも多分無いはずです。
そう思うと寂しいのですが、子ども達が新しい生活を始める門出ですから、こういうのは「晴れやかな別れ」と言うべきでしょうね。

自分が卒業式を迎えたときの気持ちを再び感じたように思います。
自分が卒業するわけではないのですが…。
[PR]
by soul_doctor2005 | 2006-02-17 01:04 | 塾の仕事を通じて
<< 苦しみと喜び 製造者責任 >>