カテゴリ:塾の仕事を通じて( 90 )

保守的

だんだんと更新が疎かになってきていけないですね。
ここしばらくは、仕事の方が忙しくて
家ではパソコンに触りたくないような気持ちでした。
最近は帰宅後はもっぱら読書に明け暮れておりました。
久々の更新です。

さて、受験学年の生徒達にとって大事な時期が続いております。
私たちの塾ではほぼ毎週テストがあるのですが、
そのテストの後にはコメント付きの成績表を返します。
私がほぼ毎回コメントを書くのですが、
最近はどの生徒にも
「あなたの力ならもっと出来ると思う。」
書くことが多いです。
これは本当に実感で
実力があるのに出せないという子どもが本当に多いと感じます。

9月以降、よく子供たちには
「実力を伸ばす勉強」と「実力を出すための勉強」は違う。
という話をしてきました。
この内容を具体的に書くと長いので省きますが、
それを分かって試せる子どもとそうでない子どもがいます。
これは能力の問題ではないのです。

私にはこれは「やる気」と「勇気」の問題だと思っています。
やる気の無い子はただ惰性で問題を解き
勇気のない子は新しいことを試せない。
そしてそういう子は結構多いのです。

話が飛躍するかもしれませんが
最近の報道をみていて
何か事件が起こると何かと「どこかに責任を押し付ける」
という風潮になっているように感じます。
ですから、どうしても「事なかれ主義」になってしまう部分があるように思います。
世の中全体が保守的なように感じるのです。
これはかなり子供たちにも影響があると思います。

何もしなくて良いなら何もしない。
出来るだけ関わりたくない。
新しいことをしたら責任を取らなくてはいけないから何しない。
そんなところが子供たちにもあるのです。

子供たちには以前
「みんなの勉強の様子を見ていると 正面からぶつかって勝てない相手に
正面からぶつかって負けているように見える。」
といいました。何か工夫をして欲しいし、その方法は教えているのですが
なかなか実行しない。教えていてもどかしいです。

ちょっと愚痴っぽくなりましたが、
今の時期は子どもの意識と私たちの意識の差がある時期なのです。
指導者の方も落ち着かない時期です。
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by soul_doctor2005 | 2006-10-24 23:22 | 塾の仕事を通じて

ピーク

なぜなのか分かりませんが、
最近よく仕事の夢を見ることがあります。
先日もこんな夢をみました。

授業をしているのですが、
教室が学級崩壊状態で
子供たちが全く話を聞いてくれません。
どんなに諭しても、怒鳴っても焼け石に水。
休憩時間のように騒いだり、立ち歩いたり。
気を取り直して、「この問題出来る?」と聞くと
真面目にしている数人が手を挙げてくれます。
ところが、生徒を指名しようとしたら
いつも教えているはずの生徒の名前を思い出せないのです。
「どうしよう、どうしよう」と迷っているうちに
目が覚めました。
「夢で良かった」と思うと同時に何だか恐くなってきました。


今の職場の現実の授業はそんな状態ではありませんが、
そういう状態になってしまうことへの恐怖心はいつもあります。
今はある程度思ったように授業を進めていくことは出来るのですが
「これがいつまで続くのか、ずっと続くんだろうか?」
「いつか指導者としての能力が落ちて、
全く指導力のない状態になってしまうんじゃないか。」
そういう恐さはいつも感じています。

何年か前に「塾講師29才限界論」というのをネット上で主張している人がいました。
それは、指導力が上っていくのと、若さや生徒を引きつけていく魅力、
それから講師としての給与の伸び。
そういう要素を総合すると「29才」が講師としてのピークだ。
それ以上は講師を続けていても下り坂になっていくだけ。
という主張です。
以前勤めていた塾を辞めたときには、
間違いなく私はこの説の影響を受けていました。
ちょうどその頃私は「30才」だったのです。

「信じたくない」と思いながらも
やはりある程度は説得力ある説だとも感じるのです。
「自分も今がピークで、もうこれ以上自分の力は伸びないんじゃないか。」
「ずっとこの仕事を続けていけるのか。」
そういう恐さがあるから、日々「もっと頑張らなくては」と思いますし、
「もっと力をつけなくては」と思います。

私はこの仕事を天職だと思っています。
出来れば一生続けたいのです。
その為にももっと指導者としての実力をつけたいと思います。
「恐さ」が原動力というのは前向きではないのですが、
そういう思いは確かにあります。
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by soul_doctor2005 | 2006-10-12 00:17 | 塾の仕事を通じて

専門家と素人

私たちの塾でも、
受験生はこれから大変な勉強をしていかないといけません。
この数ヶ月が佳境なのですが、
毎年どんなに成績の良い生徒がいても「これで安心だ」と感じたことはありません。

先日、職場のW先生が私に
「塾長は、いつも『6年生はみんな算数が全然出来ない。』という。」といいました。
今年の6年生は昨年よりずっと成績は良いのですが、
それでも塾長は満足出来ないというのです。
私は「私も、今年の子が去年よりもずっとできると分かっていても、
やっぱり個々の子を見ていくと『何でこんな問題が出来ないんだろう。』と思いますよ。」と答えました。
指導者としては、
子供たちには「際限なく出来るようになって欲しい。」と思うのが普通だと思いますし、私も塾長もそういうつもりで指導しているのです。

ただ、その後このやりとりをしばらく考えていて
「本当にそれでいいのかな」とも思ったのです。

ふと、田中芳樹さんの小説にこういうセリフがあるのを思い出しました。
「専門家が素人に後れを取る場合がある。
それは専門家には、長所より短所が、好機より危機が見えてしまうからだ。」

「これが出来ない。あれが出来ない。」と
つい私は、
子供の短所ばかりが気にかかり、
長所を伸ばすことを忘れてしまいがちです。

授業でも、
「出来たところは別に放っていても良いから
間違ったところをしっかり直そう。」といってしまいます。

この仕事を10年余りやってきて、
時に「自分は専門家だ」という傲りがあることに気づきます。
でもそれじゃいけないですよね。
改めて謙虚にこの仕事に取り組んでいきたいと思っております。
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by soul_doctor2005 | 2006-10-06 13:02 | 塾の仕事を通じて

努力の方向

以前の記事で
出来ない子は「頑張っても出来ない子」と
「頑張っていないから出来ない子」に分けることが出来る。
大半の子は後者だ。
という趣旨のことを書いたことがあります。

「大半の子」と書いたのですが
残念ながら「頑張っているのに上手く行かない」という子もいます。
今回はそんな話です。

その子は小6の女の子なのですが、
とても一生懸命勉強しています。
私から見る限り、彼女は「勉強が出来ない」とは思えないのです。
ただテストなどでは得点が取れないのです。

でも、彼女は恐らくクラスの中でも1番か2番くらいに一生懸命勉強しています。
彼女は小学生ですから、
私は彼女によく「あんまり遅くまで勉強しちゃいけないよ。」と言うのですが、
それでも、深夜まで勉強をするようなことが度々あるようです。
もともと体も小さくて、体力があるという感じではないので
遅くまでの勉強で体調を崩すこともあります。
彼女の体調も心配ですし、
「なぜそこまで勉強して成績が上がらないのか?」と考えます。

これまで色々考えてみて
彼女の成績が上がらない理由はいくつか考えられます。
その中でも私が大きな理由だと考えるものが2つあります。

まず、彼女がとても「真面目だ」ということです。
普通、真面目だったら、勉強は出来るようになりそうな感じがします。
勿論冒頭にも書いたように
不真面目で「頑張らない」から出来ない子が多いのですが
彼女の場合は逆だと感じます。

彼女は、宿題を出しても、
全部しっかりやろうとします。
ただ問題数が多い日などには、
なかなか終わらなくて深夜までやっても終わらないこともあるようです。
彼女自身は「問題が出来ないから終わらないのだ」と思っているようです。
たしかにそうなのですが、
それだけではなく
話していると彼女は宿題でも他のことでも
全部片っ端から理解できないといけないと思っているようなところがあるのです。
物凄く出来る子でもなかなかそんな訳にはいきませんから
もっと割り切って考えた方が良いと思うのです。

算数も国語も解法が一つではない問題というのは多いのですが、
一つのやり方で上手く行かないと、割り切って他の解法というわけには行かないようです。国語の文章でも、意味の分からない言葉が一つでもあると文章全体が分からないような感じになってしまいます。

全部わからないといけないと思っているから
問題の中の重要な問題とそうでない問題が分からないし
文章も全体を理解しないといけないと思っているから
文章の要点をつかむことが出来ない。

要領の良い子はその辺りをつかんで
いい意味で「適当に勉強する」わけですが
彼女は性格なのか、そういうことが出来ないのです。
そういう意味では「融通がきかない」とも言えます。


さて、もう一つの問題点は彼女は「自分の実力に自信が無い」
ということです。

先日、国語のテストの時に彼女が問題を解く様子を見ていました。
「文章を読みながら、大事だと思うところに線を引きながら読みなさい。」
私は普段そう教えるのですが、
彼女はしっかりとそれを守っています。

その線を引いたところを見てみると
きちんと重要な部分に線が引けています。
その部分を使えばかなりの問題が解答できるようになっています。
ここまでくれは、もう「答えを書くだけだ」と思うのですが、
彼女は書きません。
私はそれを見ながら「さあ、答えを書け!もう答えを書くだけじゃないか!」
と思うのですが、彼女はまだ迷っていて答えを書きません。
テストだから助言をするわけにも行かず、
本当にもどかしい気持ちになりました。
正解を見つけているのに他の答えを探しているわけですから、
当然見つかるわけも無く、時間ばかりがかかってしまいます。
結局、時間がないので
彼女なら解けるはずの問題に取り組むことさえ出来ずに
テストが終わってしまう。
ここ最近、そういうことが続いています。

昨日の晩、彼女に
「最近、問題を解いていて『これかな』と思う所があっても、自信もって答えを書けない。」といわれました。
私が見ていても確かにそう感じます。

そこで、彼女と相談して、
次の国語のテストでは新しい方法を試してみることにしました。

一つは、まず文章を読む前に設問を見ること。
設問を先に見ることで、文章中でも問題に関係ある部分に注目することができます。
「問題に関係ないと思ったら、その部分は無視してもいい。」
と私は彼女にいいました。
設問に関係ある部分が文章から見つけられない場合もその問題は後回しにする。
これは、問題を解く時間の短縮と、
彼女が解けるはずの問題を確実に解答していくための対策です。

もう一つは、自分が最初に『これだ』と思った答えを絶対に書くこと。
彼女には自分が思っているより読解力があって、
最初に考えた通りに解答を選んだら、
そんなに見当違いの答えになることはありません。
これは解答に迷って無駄な時間を使ったしまうことを防ぐ為です。


彼女は
「普通にやっても出来ないのに、こんなことをしていたら0点になるかもしれない。」とかなり渋りました。
でも、私が「0点を取ってもいいからやろう。」と説得したら
ちょっと気が楽になったのか
「やってみる」といってくれました。
テストは今度の日曜日です。
これで、結果が出て欲しいと思います。
上手く行けばいいのですが、
今までずっと上手く行かなかったものが
一度や二度で簡単に上手く行くとも思えません。

それでも、彼女を励ましてやる気にさせて
何とか彼女が実力を出せるように頑張りたいと思います。

私も冒頭に「勉強が出来る」とか「出来ない」とか書きましたが
実際にはそんなに簡単に二分できるものでもないような気もします。

彼女の場合は「実力がない」というより
「実力が出せない」状態で、
彼女自身がそれを「自分は実力がない」と思っていることが
結果が出ない原因の一つだと思うのです。
もちろん、それだけが全て解決できるはずはありませんが
まず彼女が自信を持って勉強に取り組めるようになることで
彼女自身が前向きに勉強に取り組んでいけば
かなりの部分が解決出来ると思うのです。

そのためにもまず結果を出さないといけません。
何とか日曜に良い結果を出して欲しいと
心底願っています。
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by soul_doctor2005 | 2006-09-29 16:41 | 塾の仕事を通じて

基本性能

私が働く職場では、コピー機をリースしています。
その機械が非常に調子が悪いのです。
業者の方に対処してもらって大分良くなったのですが、
先日最新モデルに切り替わったばかりなので
あまりに不具合が多いのです。

その理由を聞いてみたら電圧の問題だと言われました。
私たちのビルのコンセントの電圧は、
何が原因か分からないけれど95Vくらいしかないのだそうです。
それで原因で不具合が起こっているとのこと。

とはいえ、電圧が低いのは昨日今日始まったことではないはず。
以前置いていたコピー機ではこんな不調はなかったのです。

そのことを聞いてみると
「最新のものは消費電力を抑えたり、省エネルギー化の為に非常にデリケートな作りになっている。だから電圧が足りないなどの状況で不具合が起こりやすい。」とのこと。
それを聞いて、「なんだかどんどん不便になっているんじゃないか」と感じました。
確かに以前より高機能だし、精密できれいなコピーが出来ますが、
それはまず普通にコピー出来てからの話。
安心してコピーが出来ないようでは多機能も意味がありません。
一番大事なのは基本性能のはずです。

ただ、きっと「基本性能が上がった。」というのは宣伝にならないのでしょうね。
それできっと、多機能化など宣伝文句になるようなことばかり性能がよくなっていくのでしょうね。メーカーとしてはやむ終えないのかもしれません。


話は変わりますが、
私は以前塾の生徒に「カレー王子」と呼ばれていたことがあります。
カレーが大好きなのです。
多い時には週3回位店に通っていた時期もあります。
その私がよく通っていた店の中に
「サンマサラ」というカレー専門店がありました。
そのお店は中々上手いカレーを作っていたのですが、
ライバルの店との競争が激しく、
経営は上手くいっていなかったようです。
そこで、しばらくしてから、カレーの他にステーキも扱うようになりました。
その時、私は「これはつぶれるな」と思いました。
カレー専門店なのだから、
カレーそのもので勝負できなくなったら駄目だろうと思ったのです。

案の定、「サンマサラ」は数店あった店舗のほとんどが無くなってしまいました。
今残っているのは私の知る限り、高速道路のPAにあるものだけです。
カレー屋なのだからカレーで頑張らないと駄目なのです。


私たちの仕事でも、やはり基本性能は大切です。
私たちの場合、基本性能は「指導」のはずです。
良い指導をして。生徒達の力をつけ、
それが評判になって新しい生徒が集まる。
そうでありたいと思います。

実際にはそれだけでは生徒は集まりませんから
あれこれ手を替え品を替えていくのですが、
それでも基本性能は大切です。

以前働いていた塾では、
人手が足りないので、
入塾希望の来客などがあると
授業そっちのけで応対していたりしました。
その塾ではそれが当然とされていたのです。
これって本末転倒ですよね。
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by soul_doctor2005 | 2006-09-26 23:14 | 塾の仕事を通じて

特効薬

今日の塾の授業の合間に職場のW先生が
「○○君、今どうしているかなあ。」
とふとつぶやきました。

その子は随分前に塾をやめてしまったのですが、
全く塾の宿題をやって来ませんでした。
毎週水曜日には、漢字の小テストをすることにしていて、
他の子はある程度準備してくるのですが、
彼はまともに準備してきたことがありません。
いつもほぼ0点です。
塾もしょっちゅう休みます。
決して力のない子ではなかったのですが
結局「成績が上がらないから」という理由で辞めてしまったのです。

彼が塾を辞める前に
彼のお母さんと話をしたことがあります。
私は彼のことが心配で家に電話をしたり、
成績表にメッセージを書いたりもしていたのですが、
電話はつながらず、メッセージにも反応がなく、
たまたま塾へ彼を迎えに来たところで話をしたのです。

それからしばらくして、彼は塾を辞めてしまったので、
彼のお母さんと話をしたのはその一度きりです。

欠席が多くては授業内容についていくのが難しいということ。
家での宿題を全くしないこと。
テスト前のテキストの復習をきちんとして欲しいこと。
そういうことを話して、
そして、「きちんとやれば必ず力がつく」とも話しました。

それに対してお母さんは
学校の宿題が多いので塾の宿題は出来ないし、やらせる気も無い。
他の習い事(合気道だったと思います。)があるので、これからも塾は休む。
ということを言われた上でこういわれました。
「お金を払って塾に入れているのに、なぜ成績が上がらないのか?」と。

他の子供の保護者なら「申し訳ありません」と謝ったと思います。
私の仕事は「授業をすること」ではなく「成績を上げること」ですから。
でも、彼の場合、「ロクに塾に来ない。」「宿題もしない。」で、
そのことを保護者が公認しているわけですから、
正直言って為す術がありませんでした。
こんな状態で子供が塾に対してやる気になるとは思えません。
(もちろん指導者としてはそうしなくてはいけなかったと思うのですが…。)
それでいて、「なぜ成績が上がらないのか?」と言われたのにはとても悔しいし、
腹が立ったのを覚えています。

一年ほど前に、私のHPにその出来事を載せていました。(今は削除しています。)
一年前の私は「そんな魔法があるなら教えてくれ。」と思った。と書いています。
今も同感です。
あの状態で彼の成績を伸ばしてやるというのは、「魔法」の領域の話だと思います。
「お金を払っているんだから」と言われても
「お金」では成績は買えないのです。

この出来事に限らず、「お金を払っているんだから…」というようなことは
私自身もつい思ってしまうことです。
お金さえ出せばどんなことでも解決するという風潮があるし、
世の中便利になったから、今まで出来なかったことが簡単に解決するだろうとつい思ってしまいます。

お金さえあれば、おいしいものが食べられる。
お金さえあれば、ぜいたくができる。
そうかもしれませんが、当然ながらお金ではどうにもならないことがあります。

自分が楽をしたいがために、自分が抱えている問題に「特効薬」を求めてしまう。
そんなところが私自身にもあります。塾の生徒達にもあるようです。

今日も社会科で北朝鮮の「拉致問題」について触れたら、
「先生、拉致問題ってどうやったら解決するの?」
と聞かれました。
「それはよくわからない。それを私が知っているくらいなら、もう解決している。」
と言いましたが納得してくれません。
それからも何度も聞いてきます。
「先生なんだから、知っているのがあたりまえでしょ」というのです。
きっと自分が納得できるような簡潔な答えを期待していたのでしょうが、
世の中には解答の無い問題もあります。
結局、他の生徒が「もういい加減にしろ。」と言うと
その子は引き下がりました。

その子に限らず、そんなことは今の世の中ではよくあるように思います。
簡単に解決できないことについて深く考えたり、悩んだりせずに
簡単に答えをだしてそれで済まそうとする。
簡単に解決できないとあきらめる。
そんな世の中なんでしょうか?


小4のテキストの論説文に
「今の世の中はなんでもインスタントだ。」と書いてあったのが
今はとてもリアルに感じます。
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by soul_doctor2005 | 2006-09-13 00:01 | 塾の仕事を通じて

「憧れ」という燃料

一昨日のことですが、
小5の女子が塾長(理系担当)のところに算数の質問に来ていました。
そこでどういう話になったかよく分からないのですが、
塾長に「このテキスト(算数)で一番難しい所を選んで6年生にやってもらえ!」
と言われたようです。
その子は友達と、
たまたま早く塾に来ていた6年生の男子に
テキストを見せて解いてもらっていました。

その男子は、6年生に中でもずば抜けて成績の良い子で
その5年生の女子たちは
自分たちがさっぱり分からない問題を
あっという間に解く彼の様子にびっくりしていました。
「あの人は人間じゃない!!」とか言っていました。

塾長はきっと
「頑張ればいまやっていることなんて簡単にできるようになる。」
ということが言いたかったのだろうと思います。
やはり目標があるというのはいいことですよね。


話は変わるのですが、
ある6年生の女子は、
近所の中学生の女の子と同じ学校に行きたいと一生懸命頑張っています。
そういうこともあるからか最近凄い勢いで成績が上がっています。
その中学生は広島大学附属中学に通っていて
そこは広島県内でもかなりの難関なのですが
この調子なら十分に合格できる実力をもって受験に臨めそうです。

どんな世界でも、
目標をもって頑張っている人は強いし、
見ていて魅力があります。
そしてどんな人でも努力するのには「燃料」が必要だと思います。
実力をつけたい、負けたくないというのもあれば
「この人のようになりたい」という憧れもあります。

そしてそういう人ほど、
自分自身も充実していて幸せなのではないでしょうか?
私自身もそうありたいし、子供たちにもそういう思いを感じてもらえたらと思います。
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by soul_doctor2005 | 2006-09-11 12:24 | 塾の仕事を通じて

遅ればせながら新学期開講です。

もう今週最初のことですが、
9月からの新学期が私たちの塾でも開講しました。
ここからが、受験本番と思うと何だか緊張します。
一方で受験する子供たちにはまだ緊張感がほとんど感じられない。
この指導者と生徒のギャップもこの時期の「風物詩」のようなものです。

気持ちばかり焦って空回りしないように
バランスを考えて頑張りたいです。
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by soul_doctor2005 | 2006-09-11 11:48 | 塾の仕事を通じて

森 毅さん

森毅さんという方がおられます。
よく国語のテキストに文章が載っているのですが、
ちょっと困った方です。

というのも、
その文章の内容が「勉強なんか、嫌ならしなくていい。」とか
「自分の好きなことばかりやりなさい。」とか
「子供なのだから、遊ぶのが一番。」とか
そういう内容の文章なのです。

たいてい、揚げ足を取るように
「先生のいうことと全然違う。」などと言ってくる子がいます。
そりゃあ、こういう仕事をしていて、
「勉強するな。」とは立場上言えません。
「こう書いてあるんだから、先生宿題出さないで。」
などと真面目な子まで言いに来たりします。
本当に困ります。

森さん自身は有名な数学者ですから、
それなりに勉強もしたはずです。
遊んでばかりいて、数学者になれたわけではないはずなんですが…。
実際の所どうなんでしょう?

数学が大好きで、勉強という意識がないままに数学者になられたのでしょうか?
もしかしたらそうかもしれないですね。

私も学生時代得意だった科目では、一生懸命勉強したという記憶がありません。
社会科は、学年でもいつも上位でしたが、まともに授業を受けたことがありません。
逆に一生懸命頑張った科目ほど出来が悪かったような気もします。
数学なんて、一番時間と労力を使ったのに結局全くマスター出来ませんでした。


だから、森さんの意見には説得力があるんですよね。
好きなことをやる方が充実していて、結果も出ると思うし
「子供だから遊びが本分」と私も思うし、
「塾に来ている子は大変だよなあ」とつい感じます。
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by soul_doctor2005 | 2006-08-31 10:45 | 塾の仕事を通じて

日本語は後ろが大事

いつも国語を指導していて感じるのですが、
初めて教える子供でもある程度会話をしてみると、
その子が国語が得意か苦手か大体わかります。

雑談をしながら、いくつか問いかけをしていくと、
国語が得意な子は過不足なく答えてくれますが、
苦手な子は話が長くて要領を得なかったり、
聞いたこととは合わないことを答えたりします。

当然のことですが
国語は「文章を読んで質問に答える。」ことが中心ですから、
たとえ会話であっても、
きちんと質問に答えられる子は
文章でも同じ事が出来る(例外もありますが)といえると思います。

さて、最近子どもたちと会話していてふと気付きました。
国語が苦手な子と会話をしていると、
質問にきちんと答えられないということの他に
その大半の子どもには共通点があるのです。
それは「述語を省いて喋る。」ことや
「単語の形で喋る(つまり言葉を文の形で喋らない)」
と言うことです。

例えば、私が補習のために
「明日、早く来れる?」と聞くと
「え〜っと、それは……。」とか
「あしたはちょっと…。」というように答えたりします。
語尾を省くのです。
また、「無理!」とか「微妙。」とか単語で答える子もいます。

私はいつも国語の記述問題で
「日本語というのは後の部分になればなるほど、重要なのだ。」と言います。
それは文の最後にはたいてい述語が来るからです。

「私は勉強が得意だ。」と「私は勉強が得意ではない。」では
意味が正反対です。これは最後まで見ないとわからないことです。

ところが大人でもそうですが、日常会話というのは
語尾(述語)を省く傾向が強いのです。
それが国語の問題を答えていくときの障壁になっている感じがします。

大雑把な印象ですが、
「よく喋る子」には国語が得意な子が多いです。(もちろん例外もあります、)
これは、会話をしてきた経験が多いからではないかと思います。
会話の中で自分の考えを不手に伝えた経験や相手の考えを感じ取る経験を多く積んでいるということは、
国語の勉強に限らず非常に役に立つと思います。

保護者の方にもよくいうのですが、
国語は日常生活の中で鍛えることの出来る科目です。
そのことを出来るだけ多くの子どもたちに理解してもらえるように取り組んでいきたいと思います。
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by soul_doctor2005 | 2006-08-24 21:43 | 塾の仕事を通じて