カテゴリ:日常の出来事( 47 )

花見に行きました。

縮景園に花見に行ってきました。
広島に34年に住んでいながら
初めての縮景園です。
広島の中心部にこれだけのどかで広いところがあるなんて
のんびりと散策しました。
写真はピンボケですが、桜もものすごくきれいでしたよ。
久々に満開の桜を見ました。
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by soul_doctor2005 | 2008-04-04 20:42 | 日常の出来事

ガソリンのこと

11月に車を買い換えて今はハイオク仕様の車なのですが
これは今のご時世ちょっときついです。

テレビなどをみていると
ガソリン代は今日からは安くならないのだと思っていたのですが
近所の店はもう安くなっていましたね。

私が入れたところはリッター130円
その後で126円というところを見かけました。
ハイオクも140円前半みたいです。

GSも大変ですね。
最近つぶれているGSを良く見ますから
何とかがんばって欲しいものです。

やっぱり一月で元に戻るんですかね?
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by soul_doctor2005 | 2008-04-01 21:17 | 日常の出来事

同窓会に行ってきました。

昨日、大学を卒業してから初めての同窓会がありました。
大学のゼミの同窓会で、自分たちの代だけではなく、後輩も参加したものでした。
私たちの恩師であるK先生(教授)が今回還暦になられるということで
そのお祝いを兼ねての同窓会でもあります。

考えてみると先生に私たちが指導頂いていたころは
先生はまだ40代でおられて、
その頃から若々しく熱心にご指導していただいていたのです。
だから、先生が還暦になられると聞いても
なかなか実感が無かったのです。

実際に12年ぶりに先生とお会いして
全然お変わり無いのに驚きました。
確かにやや髪に白いものがおありでしたが
後は私がご指導いただいていた頃そのままのようで
大変お元気そうで嬉しい限りでした。

同期の仲間達も久しぶりです。
それぞれの結婚式などで何度か会っていましたので
5年ぶりくらいではないかと思います。
全然変わってない奴もいれば
すっかり変わってしまった奴もいる。
自分はといえば、周りからは
「かわったなあ」とみんなから言われました。
5年前は眼鏡をしていませんでしたし
体重も結構増えたんでそうかもしれません。

でも、何年ぶりでも、
何だか昨日まで一緒に遊んでいたような感じなのがいいですね。
非常に楽しい同窓会でした。
また、定期的にあればいいなあと思います。
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by soul_doctor2005 | 2007-07-16 17:47 | 日常の出来事

ロッキー・ザ・ファイナル

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「ロッキー・ザ・ファイナル」を見てきました。
いつもは映画評をみて見に行く映画を決めるのですが
この映画だけはどんな批評であっても絶対見に行くと決めていました。

「ロッキーのシリーズが好きだ。」という私のような人間には
最高の完結編でした。全く文句なしです。
スタローンがどれほどの思いでこの作品を作ったかは、作品を見ていると
本当に良くわかります。もう還暦だとはとても思えません。
文字通り魂を削って作った作品です。
今「尊敬する人は?」と聞かれたら、間違いなく「スタローン」と答えます。
(映画評論家の前田有一さんのサイト
に詳しく紹介されています。ご参考にどうぞ)

不可能に果敢に挑んで、それを克服するというロッキーの生き方には
次代を超えたものがあるんだなと実感。

ボクシングファンで毎週WOWOWエキサイトマッチを見ているだけに
現実にこんなボクシングの試合があり得ないということはわかっているけれど

スタローン自身がこの作品でアメリカンドリームを掴んだ事実があるだけに
どうも「ロッキー=スタローン」という気持ちになってしまって
限りなく本当の物語のように思えてしまうのです。

私は一番最初の「ロッキー」が製作されたときは3歳でした。
だからリアルタイムで「ロッキー」を見ていないのですが
おそらく当時「ロッキー」をみた人はこういう感動を味わったんだろうと
この作品をみて感じます。

そして、そういう人にはこの作品は私以上に「最高の作品だ」と感じると思います。

実は私は14日夜の先行上映で見たのですが
観客は10人くらい。年配の人が多かったです。
スタローンが渾身を込めて作った作品にしては寂しい限りですが、
上映後、どの人も満足そうな表情を浮かべていました。他の人たちも「とても良かった」と私と同じ感想を持ったのだろうと思うと
何だか気持ちを共有できたようで、さらに嬉しく感じました。
これが映画館で映画を見る醍醐味ですよね。
中には「本当に良かった!!」とスタッフの人に熱弁を振るっている人もいましたよ。

ロッキーのシリーズのファンなら間違いなく楽しめます。
シリーズを見ていない人は一作目は見ておいた方がいいと思います。

今日20日から公開です。連休におすすめです。
私も是非連休にもう一度見に行きたいと思っています。
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by soul_doctor2005 | 2007-04-20 12:29 | 日常の出来事

Visor Delux

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ヤフーのオークションで購入しました。
今まで職場と自宅のパソコンのOSの違いで
スケジュール表やアドレスの同期に困っていたのですが
これで一気に解決です。

いろいろ使ってみると
かなりカスタマイズが出来ることがわかって
いろいろいじくってみるのが楽しみです。

これで2200円は格安。
いい買い物をしたと思います。
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by soul_doctor2005 | 2007-04-03 17:41 | 日常の出来事

選択

先日、ふと機会があってずっと前に購入していた
映画「マトリックス・レボリューションズ」のDVDを久々に観ました。
そのクライマックスシーンで、
戦いに傷つき、満身創痍になった主人公ネオに、
彼を追いつめたエージェント・スミスが語りかけるシーンがあります。
「もう結果が分かっているのになぜそこまでして闘う。なぜだ?」
ネオの答えはこうでした。
「選択したからだ。」
そして、戦いの結末に向かう。そんなシーンでした。

もともと、難解で教示的な表現やセリフの多いこの作品ですが
こうして改めてみてみると、
このセリフはとても示唆に富んだセリフであるように感じました。

自分自身を振り返ってみて、
今まで他人に比べて自慢できるようなことは何一つ無いし、
人に誇れるようなことは特別ない人生を送ってきたように思います。
(あまり堂々と言うようなことでもないのですが…。)
でも、それでもそれなりに前向きで、
それなりに自分なりにやってこれたのは
自分のことを自分で「選択」してきたからだと言えると思うのです。

これはもしかしたら、自分の中で誇れる数少ないものの一つかもしれません。
日常生活の中の細かい事は別として、
自分の一生を左右するようなことの決断を人任せにしたことは無いと思います。
(自覚している限りには無いと思うのです。)
勿論、自分の両親や友人など周りの人間は色々な意見をくれますから
参考にはしましたが、決めるのは自分自身であったと思います。
割と子供の頃から「自分のことは自分で決める」という意識は強かったと思います。
その分、「我の強い」子供であったことも事実です。

私がこういう性格であったからかどうか分かりませんが、
高校や大学、就職、結婚など、私の進路に関わることについて
私の両親は「ああしろ、こうしろ」などと意見したり、
私が決めたことに真っ向から反対するということはほとんど無かったと思います。
大抵は私が決めたことを追認するという形でした。

そのかわり、
私が何か失敗しても助けてくれることも
ほとんど無かったように思います。
私の両親は共働きだったので、
子供の進路までいちいち考える余裕がなかったのかもしれませんが、
こうやって良い意味で「放任」されていたことは、
「自分で決めたことに自分で責任を取る。」
という意識を自然に持つことができてよかったと今では感じます。
(私の両親がそこまで計算して「放任」していたとは到底思えませんが…。)


だからかもしれませんが、
この映画を観た時のネオの
「選択したからだ。」というセリフに
妙に実感がこもっているような気がしたのです。
「自分で”闘う”と決めたのだから”闘う”」というのが
とてもまともで当たり前のように感じたのです。

今塾に来ている子供たちを見ていると
「自分のことを自分で決める」という意識がとても少ないように感じるのです。
まあ、まだ小学生だから無理も無いのでしょう。

ただ、何気ない会話の中でも、
自分が無用の責任を負わせられないように
ごく自然に”言質”を取られないような会話をしているのを感じます。
まるで政治家のコメントのように、
後で何とでも言いわけできるようにしているのです。
中にはそれが巧みで流れるような子もいて、
自分も気をつけていないと言葉尻を捕まえられて、
何かと責任を取らされそうになります。

自分のことを自分で「選択」して、自分で責任を取る。
というのは、今どき流行らないのかもしれませんね。


でも、やはり自分のことを自分で決めてきたからこそ
上手くいった時の喜びがあるし、
上手く行かなかった時の悔しさや後悔をバネにして
成長することが出来るのだと思うのです。
そうやって、生きていく方が
多分そうでない人より幸せなのではないかと思うのです。

「選択する」ということと、「責任を負う」ということはセットだと思います。
責任には「重さ」がある。
でも、その一方で、
それだけの「価値」があるのだということを
自分自身も忘れないようにしていかないといけないと思っています。
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by soul_doctor2005 | 2006-09-21 02:18 | 日常の出来事

自信過小、自信過剰

私の大学時代の話です。
当時私はよく友人とカラオケに行っていたのですが、
その時、適当に一つのグループの曲を片っ端から予約して、
順番に曲を知っていても知らなくてもとにかく歌う。
というようなゲームをやっていました。
歌えなかったら罰ゲームです。
近所の家にトイレを借りに行くとか
日本酒とか、ビールとか、ウイスキーとか、焼酎とかを混ぜ合わせた
何だかわからないような酒を一気で飲まなくてはいけないとか、
パンツ一丁で近所の店に買い物に行くとか
そんな罰ゲームでした。
今考えればアホみたいなことなのですが、
そんなことがなぜか流行っていたのです。

そういうこともあって、知らない曲でもそれなりに一生懸命に歌うのですが、
私が歌うと周りに人にクスクス(時にはゲラゲラと)笑われました。
音痴だということではなくて(音痴かもしれませんが)
「お前って、何で知ってる曲と知らない曲で歌い方がそんなに違うの?」
と言うのです。
確かによく知っている曲は自信があるので、朗々と力一杯歌います。
「歌えない」という心配がないので、楽しんで歌えるわけです。
知らない曲だと罰ゲームがあります。
気になるし、よく知らないから恐る恐る歌います。
当然自信なさげに歌ってしまうわけです。
確かにその落差は結構あったかなと思います。


このカラオケだけでなく、
他のことでも
よく知っていて慣れていることはどんどんやって、
慣れていないこと、自信がないことには及び腰になってしまうことが私にはあります。
ふだんの生活でも慣れていることばかりしているので、
家でやっていることも大体同じようなことで
出かけてから行く場所も大体決まっているという感じになってしまっています。
ふり返ってみるとちょっと淋しい感じもします。


子どもたちが勉強に取り組むときもそんな傾向が感じられます。
自分が得意な科目は自信満々で、
答合わせでも「当てろ、当てろ」としつこいくらいの子が
苦手な科目になると、
指名されないように、静かに目立たないようにしていたり…。


子どもたちだけじゃないですから
子供ばっかり責めてはいけないですが、
「自分の安全地帯を決めてその範囲からは出ない。」
そんな生活に私たちはなりつつあるように思います。
自信のあるものは「自信過剰」になって、
自信のないものには「自信過小」になる。
そんな感じでしょうか・
慣れないもの、苦手なものに挑戦するということが最近少ないようだと反省です。
世の中が便利だから、
つい「こんなこと出来なくても何とかなる。」と思ってしまうし、
実際何とかなってしまう。
それだけに新しいことを、「苦労してやることない」とつい思ってしまいます。

考えてみたら、最近ちゃんとした「外出」というのがとても少なくなっています。
出かけると言っても車で移動して、
ショッピングモールとか何かの施設とか
どこか屋内の建物に入っていくという「外出」が多いです。
純粋に外にいる時間は本当に少ない。
これって「外出」って言えないかもしれませんね。

物騒な世の中ですから、
出来るだけ安全に暮らしたい。
そのためには仕方ない
という気もするんですが…。
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by soul_doctor2005 | 2006-08-30 21:19 | 日常の出来事

サウンドマリーナ2006

昨日、広島の夏の野外音楽フェスサウンドマリーナ2006に妻と行ってきました。

広島港近郊の特設会場での開催で、付近が交通規制で一切交通機関が使えないため
ほとんどの人が広島港から徒歩で会場へ。
広島港近くに住む私たちも自宅から歩いて会場に行きましたが、かなり時間がかかりました。午後3時半開演ということで、1時間前に出発したのですが、結局開演ギリギリになってやっと会場入り出来ました。
昨日まで九州で猛威を振るっていた台風の影響で、
今回のイベントは開催が危ぶまれたのですが、
空は何とか持ちそうながら、
泥と水たまりで地面はぐちゃぐちゃ、
ぬかるんだ地面にシートを敷いて開演を待ちました。

6アーチストで計6時間。
さすがに昔のように若くは無いので
休み休み参加しましたが、とても素晴らしかったです。
野外であそこまできれいに音が聞こえてくるとは意外でした。

私は以前の記事でも紹介したコブクロ目当てで来たのですが、
他のアーチストも素晴らしかったです。
やっぱり「歌が上手い」というのは物凄い才能だなと感じました。
コブクロは勿論、ゴスペラーズも他のアーチストもとても良かったです。

でも一番衝撃だったのは「アンジェラ・アキ」という女性シンガーです。
全然名前を知らなかったので、全く期待していなかったのですが。
とにかく圧倒的な歌唱力と染みこんでくる歌声に
私の周りの人たちも私も
手拍子も歓声も忘れて、ただただ聞き入ってしまいました。
私の前に立っていた女性は感極まって涙ぐんでいました。
でも、気持ちは十分分かりました。私も自分一人ならそうだったかもしれません。
自分の歌とグランドピアノだけで、
約2万人の観客をここまで湧かせる人がいるんんだなあと感激しきりです。
一昨日の金曜日には札幌の「ライジングサン・フェスティバル」に出演したそうですが、きっと札幌でも沸き返ったでしょうね。本当に素晴らしいパフォーマンスでした。

CDは確かに音は良いけれど、
生の歌声にはCDには決して込めることの出来ないものがあるんだと実感しました。
やっぱりライブは良いです。

来年もあるそうなので、
「来年も絶対行こう。」と思っている次第です。


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by soul_doctor2005 | 2006-08-20 23:04 | 日常の出来事

クルマを好きだということ

私の妻の妹が結婚して熊本に住んでいます。
その妻の妹一家が今広島に来ているので
妻の実家で日曜の夜、バーベキューをしました。

酒も結構入っていてその分いつもは話さないような話もしたのですが、
話題がクルマの話になった時に、
義父から「あんた(私のことを義父はこう呼びます。)は”クルマ好き”とは言えんな。」
と言われました。
義父は新卒から定年までずっとマツダ一筋のクルマ人生を歩んできた人で、
「そりゃあそういう人から見れば、”クルマ好き”じゃないな」と思います。
大体私はクルマは乗るだけでロクに手入れもしないし、
泥だらけのクルマを平気で運転していたりします。
だから客観的に見ても、”クルマ好き”ではないと思います。

でも自分では結構”クルマ好き”だと思っているんです。
そこでよく考えてみたら、
義父の言う”クルマ好き”と私が思う”クルマ好き”というのは違うんだな。
ということ気がつきました。

義父の言う”クルマ好き”というのは自動車そのものが好きな人で
私が”クルマ好き”だというのは、
「クルマを使って出来ること」が好きなのだと言うことなのです。

海に行ったり、ドライブをしたり、買い物に行ったり
仕事が遅くなった時は車で寝たり(昔の話ですが)、
一人で大音量で音楽を聴いたり、
妻や子供たち、友人と旅行にいったり、
私はそういうことが好きなのです。
だから、クルマを買う時も、クルマそのものの魅力よりも
「そのクルマで何が出来るのか」を優先して考えます。

初めて自分のクルマを買った時には嬉しくて仕方なくて
仕事の帰りにわざと遠回りして帰ったり、
買い物に行くのにわざわざ遠くの店に買いに行ったり、
用も無いのにカー用品の店をうろうろしたり、
地図を見て、「ここに行こう」とあれこれ考えたりしたものです。
そうやって積み重ねた色々な思い出があるので、
そのクルマに愛着があるし、
動かなくなって、乗り換える時は寂しい気がしたものです。
そういう意味では、私みたいな人間も”クルマ好き”と言ってもいいんじゃないかな?
と思います。

その割にクルマの手入れをしないので、そこがいけないんですが…。

先週愛車を車検に出したら、古いなりにきれいに洗車されて戻ってきました。
今後は反省して、きれいな状態を保っていこうと思っています。

そういえば、妻が私のクルマで実家に帰ると
大抵義父が私のクルマをきれいに洗ってくれます。
多分、私があまりに手入れしていないので、
本当の”クルマ好き”である義父には見るに堪えないのでしょう。
そういう義父に感謝しつつ、
今後は義父の手を患わせないようにこまめに手入れしていきたいと思います。
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by soul_doctor2005 | 2006-08-08 20:55 | 日常の出来事

ジェダイの世代

以前、トミー・ハートというドイツ人のシンガーについての記事を書きました。
その彼が在籍するドイツのロックグループFair Warningの
6年半ぶりになるアルバムが発売になりました。
(実は本当の発売日は明日ですが、一日早く発売される店で入手しました。)

2000年に解散した彼らが再結成するというニュースを耳にした一年前から、
アルバムが発売される今日がくるのを待ちわびていましたが、
期待通りに素晴らしい作品で、待った甲斐がありました。
これから数十回と聞き込むでしょうが、
聞くたびに新しい感慨が浮かんでくるような素晴らしい曲が詰まっています。
さすがFair Warningという感じです。

大学一年で彼らの1stアルバムを手にしてから
彼らがアルバムを発売する年には必ず
何か人生を左右するような出来事が起こってきたのですが、
さて、今年も何か起こるものでしょうか?
出来ることなら、いいことがいいんですけどね。


さて、そのFair Warningのアルバムの中に
「Generation Jedi」という曲があります。
文字通り「ジェダイの世代」という意味ですが、
勿論「ジェダイ」というのは、
映画「スターウォーズ」シリーズの「ジェダイの騎士」のことです。

アルバムの歌詞対訳をみても、
謎かけのようでいまいちよく分からないのですが、
雑誌のインタニューで、
曲を作ったバンドのギタリスト、
ヘルゲは「父がスターウォーズのファンで、
父が子供の頃スキだった作品の新シリーズを子供と一緒に鑑賞する事がある。
そんな今の時代について書いた曲」と語っています。

確かに、「スターウォーズ」シリーズは、とても長いシリーズなので
親子2世代で楽しむことが出来る作品だと思うのですが、
どうも曲調や歌詞を考えてみると、
ただそれだけではないものを感じます。
親子一緒に、同じことを楽しむというのは確かに素晴らしいことです。
勿論そうに違いないのですが、
恐らくこの曲には別の意味が含まれているように感じるのです。

私が感じたのは、「時代の閉塞感」です。
自分たち「ジェダイの世代」は、
何もかも完成された今の世の中で
自分が入り込む隙がない。
そんな世界で自分はどうやって生きていったらいい?
そんな思いが込められているように思うのです。

親子で同じことを楽しむというのは、
それだけその社会に新しいことが生み出されていない証。
もともと、時代がどんどん変わっていけば
世代間の格差が当然あるわけで
やっぱり、年配者が「今の若い奴らはよくわからん。」というのが
普通の状態だと思うのです。
世代間には隔たりがある。それが当たり前なのにそうなっていない。
新しいものがあまり生み出されていない。

実際今の流行って、
何だか昔の流行が少し形を変えてやって来ているだけ
そんな感じもします。

コンピュータとか携帯電話とか
何かをするための「道具」はどんどん進歩していきますが
その「何か」はあまり変わってないような気がします。

話は変わりますが
もう数十年もすれば、
オリンピックなどのスポーツの多くで
世界記録が更新できなくなってしまう。
そんな説もあるそうです。

ちょっと大袈裟な言い方になりますが
もう、ほとんどのものが行き着くところまできてしまった。
今はそういう時代なのかもしれないです。

子供の頃
21世紀ってまるで「未来の世界」のように思っていました。
でも、実際21世紀になってみたら
そんなに子供の頃の生活と変わってないような気がします。
変わったのは、「学校に行く」が「仕事に行く」に変わったくらい。
少なくても私個人については、21世紀は「未来の世界」じゃ無かったです。

新しい世代は、何か新しいものを生み出して
新しい価値観をもって、そのことに達成感もっていくものだと思います。

前の世代が作ってきたものを受け継いで、
自分たちも何か新しいものをその上に積み上げた。
そう思えることで、誇りや責任感を感じられるのではないでしょうか?

でも、前の世代までに
世の中にあった「新しいもの」がほとんど掘り尽くされてしまった。
残っているわずかな「新しいもの」は、
今の世代には見つけ出すのが困難になっている。

そんな状態に陥っている世代(私たちも含めて)
これを「ジェダイ世代」と表しているように感じます。
かなり主観が入ってしまいましたが、
そういう閉塞感って今の世界には結構あると思うのです。
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by soul_doctor2005 | 2006-07-25 23:31 | 日常の出来事