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仮想世界

以前読んだ「99.9%は仮説」という本についての話題です。

この世界は、実は数秒前に誕生したばかりです。
でも、あなたの頭の中には精巧なニセ記憶が仕込まれているので
あなたはもう長い間生きていると思っていますし、
地球は何十億年も続いていると考えているのです。
この仮説を否定する方法はありますか?(本文より)

「マトリックス」という映画は多分多くの方が
ご存知だと思うのですが、まさにそんな感じの仮説です。
自分の生きている世界が本当の世界じゃないという思いは
誰もが一度は感じたことがあるのではないでしょうか?

私も一生懸命考えてみたのですが、否定する方法は思いつきませんでした。
私が頭が鈍いので分からないのかと思っていたら、解答編には
「驚くべきことにこの仮説を否定する証拠はありません!」と書かれています。
哲学者がよく使う理論なのだそうです。

何だかちょっと恐い感じがします。
今生きている世界で自分なりに努力して
今の自分を作ってきたわけで
それが全部嘘だとしたら
「今までの人生は何だったのか?」
って思っちゃいますよね。

ただ、私自身もこんなことを信じているわけでは無いのですが。
この仮説に限らず、自分がよりどころにしているものが、
嘘だったり、完全に否定されてしまったら恐いですよね。

「トゥルーマン・ショウ」という題名だったと思うのですが、
ジム・キャリー主演の映画がありました。
主人公は、生まれたときからテレビ番組が作った架空の世界に生きていて
家族から、近所の人、人生(?)で出会う全ての人間がテレビ番組が
用意した人間で、主人公はそれを知らずにずっとその世界で生き続けて、
その様子を番組として放送している。そんな映画でした。

私に限らず多分多くの人が、
「今生きている世界実在するのか?」とか
「この世界は本当の世界じゃない」という思いを
感じたことがあるのではないかと思います。

今の世の中で現実感を感じられない人が増えているようですが、
そういう人がこういう考えを持ち始めたらと考えると
なんだか今の日本のとんでもない事件の一端が見えるよな気もします。

イスラム教のテロリストは、
「殉教したら、死後の世界で豪華な暮らしが待っている。」
と繰り返し信じ込まされるのだそうです。
「この世界は本当の世界じゃない」と信じ込んでしまったら
どんな残酷なことでもできそうで
とっても恐ろしいですね。
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by soul_doctor2005 | 2006-04-28 21:24 | その他

寄り道

仕事にいったり、学校に行ったり
そういうことで大抵の人は
”ほぼ毎日通る”という道があると思います。

私自身もそうで、家からバイクで約十分かけて職場に向かいます。
ただ、たまにどうしても寄り道してみたくなるのです。

昔からそういう癖があり、
以前にクルマで片道一時間の通勤をしていたときは
できるだけ早く家に帰りたくて
どういう道を通れば近道かということを知りたくて
様々な道を通ったものです。

距離で言えば幹線道路を通っていくのが
地図上は最も早い。
でも、実際には渋滞があったり、信号待ちがあったり
そういうことで、地図上で近い道が必ずしも早い道とは限らない。
このときは結局幹線道路を使わずに、
人気の無い閑散とした裏道を通って帰っていました。

この裏道は垰道なので、鹿を轢きそうになったり、
離合できなくて困ったり、色んなことがありましたが
便利な幹線道路を通るより色んなことを感じながら走っていたと思います。
この道を峠の頂上まで登り、てっぺんから下り始めると
広島市街地の夜景が非常にきれいに見えます。
いつも深夜に家路につきながら、この夜景を見ると
何となくホッとしたものです。
日によってはここでクルマを停めて、
しばらく夜景をみて過ごすこともありました。

今でも、毎日ではありませんが、
いつも通りの道を通って走るのが嫌になって
遠回りと分かっていても、違う道を通って帰ることがあるんです。
そうすると、今まで知らなかった近道が見つかったり、
面白そうな店が見つかったり、なにかしら新しい発見があったりします。
それが、なんだか楽しいのです。

いつも同じじゃつまらない、
だれでもそういうことってあるんじゃないでしょうか?
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by soul_doctor2005 | 2006-04-26 09:48 | 日常の出来事

アルベルティーニ

サッカーの元イタリア代表選手でアルベルティーニという選手がいます。
最近引退したのですが、ここまでACミランを始めとして、
世界トップクラスのクラブでプレーした名選手です。

先日彼のインタビュー記事を読みました。
彼のサッカー人生は文句なしに素晴らしいのですが、
印象的だったのは、彼がサッカーというスポーツを心から愛していることです。
インタビュー記事ですから生の声を聞いたわけではないのですが、
「この素晴らしいスポーツをずっと出来て嬉しい。」
「サッカーは世界で最も美しいスポーツだと思っている。」
こんな言葉が記事に随所にかかれています。

よく私はサッカー誌を読むのですが、
選手のインタビューの中には監督批判をしたり、
他の選手を中傷したりする選手も見られます。

でも彼はそんなことはなく、自分がここまでプレーできたことを喜び
現役を引退した今も、「サッカーをやって良かった。」と心から感じているのが
よく分かりました。
彼は今後サッカーの監督をしている父とともにサッカースクールを開くそうですが、
将来はプロチームの監督も目指しているそうです。
彼が「家族のようだ」と評するACミランの監督として指揮をとる姿を是非みてみたいと思います。

この記事を読んで感じたのは
「自分もいつかこの仕事を辞めるときがくる。その時に彼のように悔いなく
終われるだろうか。」ということです。

私はプロスポーツ選手じゃないので、やろうと思えば60歳まで
あるいはそれ以上もこの仕事が出来るかもしれません。
もしかしたら、逆にもっと早く辞めるときがくるかもしれません。
ただ、プロスポーツ選手と違うのは、たとえ不本意だとしても
自分自身で辞めるときを決めることが出来るということです。
その時に自分が、今のこの仕事を振り返ってどう感じるのか。
将来のこととはいえとても気になります。

世の中には、
自分が本来やりたいと思っている仕事が出来なかった人も
結構いると思います。
私も本当は学校の教員になりたかったし、
その前は外交官になりたかったのです。

それらの仕事には就けませんでしたが
それでも、私は自ら選んでこの仕事をしています。
この選択は正しかったと今でも思います。
出来ることなら一生続けたいと思っています。

「塾講師をしていて良かった。」と思える仕事をしていきたい。
そう思います。これから何年出来るのかは分かりませんが
悔いは残したくないです。

彼は、誰が見ても文句なしのサッカー人生を送りました。
それはとても素晴らしいことです。
ただ私は、自分自身が納得できたら良いのです。
自己満足かもしれませんが、それで十分です。

仕事って、ただお金を稼ぐだけのものではないと思うのです。
「充実した仕事が出来た。」と思える人生は
とても幸せだと思う。自分もそうでありたいです。
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by soul_doctor2005 | 2006-04-19 00:09 | 日常の出来事

精神論

今は結果が求められる世の中なので
科学者とか、教師とか、会社の営業マンとか
そういう仕事の人は、
「一生懸命やります。」とか
「頑張ります。」とか
気持ちを言っているだけじゃ駄目なのは分かっているのですが、
それでも、私はつい子供たちに向かって
精神論を語ってしまいます。
「語ってしまう」と言っても
自分で悪いと思っているわけじゃないですが…。

たまに私は生徒にこういいます。
「言葉は悪いけど皆さんの中にアホな人はいない。
それでも成績のいい人と悪い人が入るのは
努力しているかどうかの違いだ。」
本当にそう思っています。

灘中とかラサール中とかいうような全国の難関の学校に
トップで合格するような実力をつけるというのは別として
中学受験をする子供たちの中に交じって、
その中で中の上くらいの成績までは
どんな子供でも努力次第でなれると思っています。
そういう意味で「アホな子はいない」と思っているのです。

でも残念ながら、私が教えている全ての子が勉強して
そこまでの状態になるわけではありません。
それが非常に悔しいのですが、
やはりこれは気持ちの問題なのです。
「頑張る気があるか?」
「苦しいときに投げ出さずにやれるか?」
ここのところで、努力をしないで終わる子がいるわけです。

その子達に「もっと頑張って欲しい」という気持ちは
すごくあります。
ただ、学校よりずっと難しいことをやっていることを思えば
、あまり厳しく叱るのはかわいそうな気にもなります。

こんな感じで、私自身も自分自身の中で葛藤があって、
それが指導の不徹底になっているのではないかと思うときがあります。

なかなか結論のつかない問題です。
気持ちで勉強が出来るわけじゃないのですが、
勉強の成果に気持ちが大きく影響するのは確かではないかと思うのです。

指導者が精神論ばかり言っていては駄目だとは思うのですが…。
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by soul_doctor2005 | 2006-04-18 10:20 | 塾の仕事を通じて

轍(わだち)その2

今日、仕事に行く前フジテレビ系のお昼前のニュースを見ていたのですが、
その中で10年前に立教大学の学生が駅のホームで、男に殴られ殺されたという事件について放送していました。この事件の犯人はまだ見つからないまま、今日で丸10年となったそうです。

被害者のお父さんは犯人を見つけだすため、今でも駅でビラを配るなどの活動をしているそうですが、そのお父さんの語っていた言葉がとても痛々しく感じました。
「事件の時、ホームには120人の人がいた。多くの人が見ていた。それなのになぜ犯人が捕まらないのか。」
「倒れている息子のために、120人の誰か一人が救急車を呼んでくれたら息子は助かったかもしれない。」

先日、轍(わだち)という記事を書いたのですが、このニュースを見てすぐこの記事が思い浮かびました。
「余計なことは言わない方がいい。」と考える人が多い。そんなことを書いたのですがまさにそんなことが東京で起こっていたのです。この場合は「余計なことはしないほうがいい。」ということになると思いますが、「これでいいのか?」って思います。
目撃情報では犯人は一人のようです。被害者は大学生、成人の若者ですから、命を失う程の状態になるまでかなりの時間殴られたのではないかと想像できます。その間周りの人が「見て見ぬ振り」していたということになります。それで命を失うような事態になったとしたら、家族が納得できないのも無理はありません。

ただ、私がその現場にいたら、きちんと止めにはいることができたか?
警察に通報したり、救急車を呼んだり出来たか?
といえば正直自信がありません。
私も出来ることなら正しいことを実践しようとはいつも思うのですが、
今の世の中のとんでもない事件を思うと
関わり合いになるととんでもないことに巻き込まれるのではないか
という不安も感じるのです。
正義感で目の前で行われている事件に関わって
命を失ったり、とんでもない損害を受けたという事件も珍しくありません。

ホームに120人の人がいて、みんなが全く無関心であったとは私は思いたくありません。
「止めなくてはならない。」、 「通報しなくてはならない」と感じながら、
様々な思いでそれが出来ず、被害者が亡くなったと知って、
良心の呵責に悩んでいる人も少なからずいるのではないでしょうか?

正しいことをしようとする人間が報われない世の中。
こう書くと大げさかもしれませんが、
「嫌な世の中になった。」と何となく感じてしまいます。

「余計なことは言わない方がいい。」とか
「余計なことはしないほうがいい。」とか
つい考えてしまうのは、「その方が得」であったり
「その方が安全」であったりする場合が多いからなのですよね。
そう考えるのはいい気分じゃないのですが…。
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by soul_doctor2005 | 2006-04-11 23:26 | ニュースについて

轍(わだち)

私は音楽はほとんど洋楽ばかり聴いているのですが、
日本のアーティストの中で好きなのが
コブクロという2人組。
今では超有名になったコブクロですが、
初期の曲の中に「轍(わだち)」という曲があります。

その中にこんなフレーズがあります。
(多少記憶違いがあるかもしれませんが。)

【轍さえもない道をただ進め
傷だらけの両手がいつの日か輝いて見えるまで】

非常にかっこいいなあとたまに口ずさみます。

念のために書きますと
轍というのは、辞書によると「通った車が道に残した車輪の跡。」とあります。
だから「轍さえもない道をただ進め」というのは
他の人のしていないことを率先してしようという意味にとれると思います。
これが実際にはなかなか出来ないんですよね。

私自身もそうなんですが
授業をしていて、指導している子どもたちにも感じるときあります。
子供たちに問題をやってもらって
答え合わせをしようとします。
「この問題を出来た人?」
と聞いても誰も手を挙げてくれないときがあります。
それで私の方で指名をして答えてもらうのですが、
指名をした最初の一人が答えると
とたんに何人もの子供が手を挙げる。
答えに自信がないというより
最初の一人になるのが嫌なのでしょうか?

子供の世界に限らず大人の世界でも
「言い出しっぺが損をする。」というところが
結構ありますよね。
「言質をとる」という言葉もありますが、
何か発言してしまうと
それに対して責任をとらなくてはいけない。
または、「責任をとらされる」というときもあるかもしれません。
何だか「余計なことを言わない方が得だ。」
というふうに子供の方もなってしまっているかもしれない。

指導するときにも
子供たちの中には「余計なこと」を言う子もいるのですが、
そういう子を「困ったもんだ」と思い、
何も言わない子を「真面目にしている」と
つい思ってしまうのですが、
実際にはそうとは限らない。

教えるときに都合の良い子をつい「真面目な子」だと思いがちですが、
そういう思い込みを持たないようにしないといけません。
「言い出しっぺが損をする。」世の中で
自分の思いを率直に口に出来るというのは
大切なことですよね。
そういう子の発言も尊重できる指導をしていかないといけません。

私自身も物おじしないで
必要ならば率直な意見をいうべきだと思います。
たまに「余計なことは言わないでおこう。」という
気持ちが働くときがあるんですよね。

ここまで書いてふと気づいたんですが、
何だか最近の記事は反省ばっかりですね。
それだけ私自身がまだまだということでしょうね。
でもそれはいいことかもしれません。
欠点が見つかるということは、
「直す材料を見つかった」ということだと思います。
そんな簡単じゃないと分かっていますが、
まあ、前向きに考えていきます。
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by soul_doctor2005 | 2006-04-09 22:48 | 塾の仕事を通じて

隔たり

私たちの塾には「特別」という時間があり、
その時間は、指導者が「今、生徒達にこれが必要だ。」
という内容をその都度選んでやっていきます。

授業の中で、
子どもたちの理解が足りないと感じたところや
テストなどで出来の悪かった所を
この時間を使って復習するために
各科目の授業とは別に設けている時間です。

この授業で使うために
小6の国語の問題を選んでいたのですが、
最近「これがぴったりだ。いい問題だ。」
と思った問題が、
非常に難しい問題だったりするのです。
これが最近結構多い。

入試問題集で
「これがいい問題だ。授業で使おう。」と思ったら
灘中やラサール中の入試問題だったり、
全国の難関中の問題だったりするのです。
もちろん、そんな問題が解ける生徒はほとんどいませんので、
授業で使うことは出来ません。
結局別の問題を使用したのですが、
最近結構こういうことが続いています。

子どもたちが出来る問題の難易度と
自分が出来ると思っている難易度に
隔たりが出来てきているのです。
こんなことがあって
ふと昔のことを思い出しました。


私は約10年あまりこの仕事をしています。
国語と社会を指導していますが
元々専門は歴史です。
ですから、一番指導で自信を持っていたのは歴史なのですが、
新人の頃、ある生徒から
「先生の国語はよくわかるけど、社会はわからん。」
といわれました。
自分では国語以上に自信を持って教えていただけに
「どうしてなのだろう?」とあれこれ考えて、
悩んだのを覚えています。

何年かして、経験を積みいろいろな人に相談して、
だんだんとその理由がわかってきました。
その理由というのは
「自分が歴史を得意だから、出来ない子のことをわかっていない。」
ということです。
自分はわかるから、わかっていない子が
理解できていない部分を簡単にすすめたり、
理解できていないこと自体を私がわかっていない。
そういうことがあったということです。

国語の場合、自分が専門ではないだけに
自分自身が社会人になって勉強し直し、
「自分がミスしたら、子どもたちもミスするかもしれない。」
そういう気持ちで指導していたのだと思います。
それが子どもたちにとってわかりやすい指導になっていた。
そういうことではないかと思います。

今日、国語の問題を選んでいて、
ふと、そのときのことを思い出しました。
あの出来事があってから、
「子供の気持ちを考える。」ということに
気を配ってきたつもりですが、
もしかしたら最近それが疎かになってきているのかもしれない。
そう感じました。
自分では子どもたちの状態を把握して指導しているつもりで、
実はわかってない、そうではないかと思い、ちょっと怖さを感じました。

昔、苦い経験をしたことも、時間が経つとつい忘れてしまう。
そういうことの無いよう、常に気を配っていないといけませんね。

「授業のための授業」や「指導のための指導」じゃ意味がないですもんね。
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by soul_doctor2005 | 2006-04-08 22:22 | 塾の仕事を通じて

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学校の周りに桜の樹があるというのは
多分そんなに珍しくないと思うのですが、
私の家の近所の小学校にも桜の樹があります。
今朝ふとのぞいてみたら、きれいに満開でした。
ついつい嬉しくなって写真を撮ってみました。
昨日は入学式でしたか、新しく小学生になる子供たちも
良い思い出になったのではないでしょうか?
私がかつて通っていた学校にも桜がありましたが、
新学期が来て桜が咲いているというのは本当に良いものですね。

広島県南部の桜の名所は、どこもほぼ満開です。
共働きの我が家族は週末に休みがとれず
月曜日に花見に行く予定ですが
どうも月曜は雨のようです。
なんとか降らずに楽しませて欲しいものです。

桜の季節は何だか訳もなく、
気分が沸き立ってくるような気がします。
今日は休みですが、
また明日からも頑張ろうという気になってきました。
桜を見ていると
日本に生まれて良かったなと思います。
本当にきれいですよね。

昨日ちょうど国語の時間で
短歌や俳句の単元でした。
子供たちに
「短歌の中にただ「花」と書いてあったら
それは「桜」のことだよ。」と
説明したのですが、
今日この桜を見ていたら
昔から日本人が
「花」イコール「桜」と考えていたのが
当然のように思えてきます。
やっぱり桜は日本のシンボルですね。
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by soul_doctor2005 | 2006-04-07 11:31 | 日常の出来事

パソコン復活!!

皆さまお久しぶりです。
愛用のパソコンの不調も何とか回復し、
約一週間ぶりの記事投稿です。
これから、また頑張って色々書いていきますので
またよろしくお願いいたします。

不調の原因はやはり予想通り
ACアダプターの断線でした。
新しいACアダプターを購入するまで
多少時間がかかってしまいました。

とはいうものの
パソコンはもう一台あるので
そちらで投稿することも出来たのですが
どうもいつものパソコンじゃないと調子が出ない。
というかやる気が出ない状態でした。
職場のパソコンと家のパソコンはキータッチがちょっと違うのです。

そのかわりといっては何ですが
投稿していなかった間で1冊本を読みました。
なかなか興味深い本でしたので
明日以降に紹介していきたいと思います。

これから頑張って投稿していきますので
お見捨て無きよう。
今後ともよろしくお願いいたします。
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by soul_doctor2005 | 2006-04-05 22:12 | 日常の出来事