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デタラメ本

毎年年度初めや講習会前には
教材会社からたくさんのテキストの見本が届きます。
試しにどんなものが見てみるのですが、
実際に採用したテキスト以外のほとんどの本は
実際に解いてみるところまですることはありません。
大抵の場合、テキストの選定の際にチェックするのは
テキストの構成や難易度、単元の順番などで
まさかテキストに記載してある内容に誤りがあるとは普通考えないからです。

ところが、私たちの塾の塾長(算・理担当)が
ある理科のテキストを解いてみたらデタラメだらけだったのです。
誤字脱字は勿論、解答が解答集に載っていなかったり、
解答が違っていたり、設問の内容では解答が複数になってしまったり、
入試問題で引用した問題の引用がちがっていたり、ひどいものです。
中には明らかに間違っている答に全く意味不明の解説がついているものも
あります。
理科の専門ではない私が見ても明らかにおかしい問題が連発です。
教材の代理店に連絡して見てもらったのですが、
結局持ち帰って対応してもらうことになりました。

ついつい本に載っていると本当のことだと信じてしまいますが、
こういうこともあるわけですよね。
ただ、それでも、子供たちからすると「本に載っているから」と
信じてしまうのです。
まだ経験が少なかった頃は自分の力を信じられなかったので、
解答が自分の考えと違っていると「自分が違っているのかな」と
思っていました。
自分の答えの方が明らかに正しいと思う問題でも
テキストの答えと違うと「先生が嘘を教えた」といわれてしまいます。

国語の場合には、明らかに答が違うという場合はほとんどありません。
ただ、解答をみて「なぜ、この答えになるといえるのだろう。」いうときもあります。
そういう問題に限って解答集に解説が載ってなかったりします。

テレビとか新聞とか、書籍に載っているとつい本当だと信じてしまいますよね。
でも、必ずしもそうではないということがあるんですよね。
鵜呑みにしてはいけないのだということを改めて感じました。
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by soul_doctor2005 | 2006-05-29 12:20 | 塾の仕事を通じて

教員免許の更新制について

私は元々教員志望でした。
大学で教職の勉強をしましたし、
中学と高校の教員免許を持っています。

結局は教員になりませんでしたし、
これからも教員になろうとは思っていません。
元々塾の仕事を始めたのは、
教員採用試験に合格するまでの「腰掛け」のつもりだったのですが、
今ではこっちの方が自分の性に合っているという気がします。

まだ決まったわけではありませんが、
教員の免許が「更新制」になるようです。
そのニュースを見たときに最初に感じたのは
「ああ、そうか。じゃあ自分の免許も失効しちゃうんだな。」
という感想でした。世の中全体からするとどうでもいいような感想ですが…。

それなりに一生懸命勉強したので
私個人の免許が失効してしまうのは正直寂しいのですが
更新制については基本的に賛成です。
ただ無条件には賛成できません。

というのも、無条件で更新できたら更新制の意味がないですから
当然期間(10年になるようですが)がくれば
更新のために適性をチェックするはずです。
その時、その適性検査がどのような内容になるかによって
免許の更新制の意味や目的がかなり変わってくるように思えるからです。

もともと免許の更新が必要とされるのは
自動車免許などでもそうであるように
ある程度の期間が過ぎると
免許発行時の技量を大きく下回って
免許を保持するのにふさわしくない人物が
免許を保持する危険があるからだと思います。

今回の教員免許の場合も
更新制の是非が叫ばれ始めたのは
著しく適性を欠く教員が多数存在することがわかってきたからだと言えます。
「授業が下手」とか「指導している教科の問題が満足に解けない。」とか
「問題行動がある」とか
そういう教員を淘汰するということであれば
更新制は必要だと思います。
(どういう方法で問題教員を見つけるかという問題はありますが)

ただ、今回のニュースではそれに加えて
「時代に合わせて、教員も新しい技能を身につけるべきだ。」
という主旨の内容も更新制を行う理由として挙げられていました。

確かにそうかもしれませんが
「新しい技能を身につけること」を免許更新の条件にするのはどうかと思います。
教員も時代に合わせてレベルアップしていかないといけないのはそうなんですが、
学校の先生方の現状を考えると、
「今の教務をしっかりこなしていくので精一杯」という先生方はかなり多いはずです。
学校行政も「縦割り社会」ですから、何かにつけて「会議」だの「報告書」だのと
事務仕事に忙殺される先生方は多いのです。

学校週5日制になったとき、世間で「学力低下」が懸念されたということで
その際も文部科学省や教育委員会から、「指導案の作成」や「授業の成果の報告」、「学力低下を防ぐ施策の報告」などを求められ、その作成で夜も寝られないということもあったそうです。

また現行の学習指導要領で始まった「総合学習」。内容が各校の裁量に任せられている分、準備や手配が大変で、「土日はほぼ総合学習の準備、休む暇もない。」という先生もおられるようです。ただでさえクラブ活動などを担当している先生は休日返上なのです。

大学時代の友人の中に教員になった人もいますが、これらのせいで
「満足に生徒と話すことも出来ない」そうです。
更新制をあまり厳格に採用することで、
これ以上の負担をかけることは結局子ども達のためにならないと思います。

話は変わりますが、私は子どもの頃から約20年全く同じ床屋に通っています。
そこではよく教育についての話もするのですが、
あるとき、そこのおばちゃんに
「学校の先生と、塾の先生はどっちが大変?」と聞かれました。
「断言できるけど、間違いなく学校の方が大変。」
私はそう答えました。

周りから「聖職」だといわれて、日常でも周りに気を遣い、
厳しい条件で働いておられる上に、最近は世間の風当たりも強い。
子どもが問題を起こすのは必ずしも学校だけの責任じゃない。
それでも何かあると「対応に問題があったんじゃないか?」といわれます。

先日のマンションから女の子が転落した事件でも
学校の会見で
「いじめはあったのか?」とか
「学校で変わった様子があったんじゃないか?」とか
かなり記者に厳しい質問を浴びせられていました。

先生方も人間ですから
仕事にやりがいや誇りを持てるような気持ちになりたいはずです。
どうも最近締め付けるばかりで、
真面目に働いている世の多くの先生方が気の毒に感じます。
そういえば、学校の先生の給料も3〜5%くらい減らされるそうです。
更新制で「いつ首になるかわからない」、「給料も減る」じゃ
やる気もでませんよね。

更新制は必要ですが、
「問題教員を排除する」という程度にとどめた方がいいのではと思います。
真面目で一生懸命な先生方がやる気を無くしてしまったら、
そういう先生に指導される子ども達がかわいそうです。

「更新にはパソコンの技能が必要。」とかになって、
「先生が子供そっちのけで、パソコンの勉強」
なんてことになったら本末転倒です。
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by soul_doctor2005 | 2006-05-27 01:38 | ニュースについて

小学校で英語

どうも全ての小学校で近いうちに英語の授業が始まるようです。
いろいろそれに関連するニュースや記事を見ましたが、
私にはどうも小学校で英語教育をすることの意味がよくわかりません。

正直に言うと中学校や高校で英語の授業があることの意味もよくわからないのです。
私は結局大学も入れて8年間(中1から大学2年まで)英語を習いましたが、
全くモノになりませんでした。私の周りには学校教育で英語が使えるようになったという人はいないので、「私が特別落ちこぼれだった」というわけでもないようです。

「そんなこといったら、古文とか、代数幾何とか、地学とか物理とか美術とか、
全く大人になってから役に立たない科目があるじゃないか。」という方は当然おられると思います。私も同感です。

ただ思うのは英語というのは「使うために習う」のであって、他の科目のように
「知識・教養のために身につける」科目とは性質が違うと思うのです。
要するに英語は他の科目と違って「使えるようにならないと意味がない。」と言えると思うのです。
ところが、実際中学・高校で英語を習っても全く使えるようにならない。
こっちが問題だと思うのです。
それを今回、小学校に英語を導入することで解決しようとしているように見えます。
これははっきり言って意味が無いと思う。
仮に小学英語が上手くいっても、どうせ中学・高校で駄目になってしまうわけですから、意味が無いですよね。
逆に本気で身につけようして勉強すれば、中学・高校の6年という期間は英語をマスターするには十分な時間だと思うのです。小学校で英語を導入するより、まず中学高校での英語教育を見直すべきでしょう。

今まで塾で教えてきた生徒のかなりの割合の生徒が
塾とは別に英会話の学校に通ったり、
通信教育などの方法で英語を習っていました。
が、その中で本当に英語が十分に使えるようになった人は
一人しかいませんでした。

その子は父親の仕事の都合で、2年後にカナダに行くことが決まっていたのです。
そのため英語が使えることがどうしても生活上必要でした。
ですから、家族で一生懸命勉強したそうです。
カナダに行くときには日常会話は全く困らないほどに力になっていました。
それから3年後にカナダから戻ってきたときにはさらに英語が上達して
中学3年生でTOEICで890点を取りました。

それくらいの条件が整わないと今の日本で英語の力を付けるのが難しいということです。彼女は特殊な例ですが、他の子は満足に自己紹介も出来ないのです。

今はインターネット社会ですから、私もネットを通じて海外のサイトを見ることがあります。英語のサイトも見ますが、英検で準2級程度(大人になってから取りました。)の英語力でもそれなりに内容はわかりますし、翻訳ソフトもある。
やったことはありませんが、多分やろうと思ったら英語圏の人とチャットやメール交換も出来ないことじゃないと思います。

今の現役世代のほぼ全員が英語を学校で習っていることを考えれば、日本で英語を十分に話せる人の割合は少ないのかもしれません。
でも、絶対数で見れば今の日本には十分すぎるほど流暢な英語を話す人がいると思うのです。それをこれ以上を増やしてどうするという思いもあります。
仮に小学校から高校までの、英語教育が上手くいっても、日本に「英語が話せるけど使い道がない。」という人を大量に作り出すだけのように思うのです。

ちょっと乱暴な言い分ですが、今日本に来ている外国人が多様化しているのだから
学校でも、韓国語とか中国語、アラビア語、スペイン語など様々な言語が学べるようになったらいいと思います。もちろん指導者の問題がありますから、すぐにできることではないし、ほとんどの人は賛成してくれないような気もするのですが…。

どうも一つの言語を全国で画一的に教えるというのが、
個性を重視する今の教育の流れに逆行しているように思えるのです。
もちろん日本語は別ですが…。
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by soul_doctor2005 | 2006-05-25 00:43 | ニュースについて

アウェイ

昨日、広島県出身のプロボクサー、
稲田千賢選手がアメリカ合衆国で
世界戦を戦いました。

残念ながら敗れてしまったのですが
両目を切り、血だらけになりながらも
懸命に戦った姿は心に残るものでした。
まだ28歳。是非再起してもう一度世界に挑んで欲しい。
そう願っています。

私はこのブログの他にスポーツ専門のブログもやっているので
こういうことは本来そちらで書けばいいんですが、
今日はその試合で感じたことを書いていきます。

稲田選手はもともとタイのシモリンコン選手と対戦する予定でした。
稲田選手は日本人。シモリンコン選手はタイ人ですから、
アメリカでの試合は中立国での戦いとなるわけです。
ところが、シモリンコン選手が肝炎にかかり、試合をキャンセル。
急遽対戦相手が、メキシコのサンタクルス選手に変更になったのです。
サンタクルス選手はメキシコ人とはいえ、
ほとんどアメリカを主戦場に戦う選手。
中立国での戦いのはずが、突然敵地での戦いになったのです。
過去6試合海外で戦いその全てで勝ってきている稲田選手だけに
本人は「気にしていない。」といっていましたが
その影響はかなりあったと思います。

試合開始前、稲田選手の名前がコールされると
会場からものすごいブーイング。
会場に入るときからかなり気負った感じが見受けられたのですが
やはりかなりのプレッシャーだったと思います。

実力的には大差ないといわれていた相手に
ここまで一方的に負けてしまったのは
やはり敵地であったことへの気負いのように思います。

ボクシングに限らず。敵地で力を出すのは本当に難しい。
きちんと準備をして実力をつけても、出し切れないと無いのと同じ。
色々なことに当てはまると思います。

私の仕事でいえば、子ども達にどんどん実力を付けさせても
いざ受験となったときに、緊張で力が出せなかったとか
直前で体調を崩したとかそういう子もいます。
ここ一番で実力を出すためには精神力も必要ですね。
気持ちを鍛えるというのはとても難しいのですが…。

そもそも私たちは、
「敵地」に乗り込んでいくこと自体がとても少なくなっている。
「敵地」を「逆境」と言い換えてもいいんですが
何となく自分の安全地帯にこもって、
チマチマとその安全地帯を広げるようなことばかり
やっているような感じがするのです。
私たちじゃなくて、私自身のことなんですが、
そのことを反省しないといけないと思います。

そう考えると改めて、敵地に乗り込んで戦いを挑んだ
稲田選手はすごいと思う。
私のような軟弱人間は彼をみて反省です。
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by soul_doctor2005 | 2006-05-22 11:45 | ニュースについて

ついに出た!MacBook!!

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いつか、いつかと待ってました。
やっと出ましたねMacBook。
とはいえ、すぐに買える余裕は無いんですが。
いつになるかわかりませんが、
必ず購入すると決めています。
今使用しているのは「iBookG3」
このMacBookからみると何世代前になるのかわかりませんが、
恐らくインテルCPUはすごいんでしょうね。
軽く10倍は早いんじゃないでしょうか?

未だにほとんどクラシック環境のソフトを使用している私にとっては
かなりハードルが高いんですが、それを補ってあまりある魅力が満載。
何といっても「BootCanp」
ずっと期待していたマックでのネイティブのウインドウズ環境が実現します。
これでコーエーの「信長」も「三国志」もPC版でリアルタイムにプレイできます。
他にも機能満載ですが、他にも色が「黒」というのがいいですよね。
もう白とが銀のマックに飽きてきたんで、この黒MacBookとてもいいです。
買うなら黒しか無いですね。
早く手にして、使い倒してみたい。

お金貯めないと……。
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by soul_doctor2005 | 2006-05-21 22:59 | ニュースについて

学校キライ。塾キライ。

「学校ゼンゼン楽しくない。学校キライ。」
今日ある生徒が私に言いました。
「塾の方がまだマシ。でも、塾がスキってことじゃないからね。」
とも言われました。

学校も塾も楽しくないって言うのです。
「じゃあ何が楽しいの?」と聞いたら
「別にない。」と返事。

本当に無いというわけじゃないと思うのですが
自信を持って「これが好き」って言えないのって
寂しいですね。

彼女のお兄ちゃんも以前教えていたのですが
彼はサッカー少年で、
「勉強しないとサッカーさせてもらえない」と
一生懸命勉強していました。
何でも頑張る本当に素晴らしい子だったのです。
すぐ近くに良い見本があるのになあ…。
と思ったんですが、お兄ちゃんもキライなんだそうです。

年ごろの女の子は教えにくいです。
正直言って私は男子を教える方が好きなんですよね。
気を使わなくていいし…。

ちなみに彼女は原始時代に生まれたかったそうです。
理由を聞いたら
「勉強しなくていいから。」だそうです。
とても勉強は出来る子なんですけどね。

原始時代にはそれなりの苦労があると思うんだけど……。
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by soul_doctor2005 | 2006-05-20 23:07 | 塾の仕事を通じて

心に対する規制

私は広島の人間です。
生まれも育ちも広島でそのことに誇りを持っています。
私は広島が大好きです。
ですから、乗っている車もマツダですし、
プロ野球はカープ、サッカーはサンフレッチェ。
お好み焼きも大好きです。
「信長の野望」は必ず毛利家から始めます。
広島の気候風土のなかで育った自分にとって
広島は最も住み良い最高の街だと思っています。

でもだからといって、別に広島が他の都市に比べて、
素晴らしいとか優れていると考えているわけではないのです。
鹿児島の人が鹿児島が好きなように、大阪の人が大阪を好きなように
新潟の人が新潟を好きなように、北海道の人が北海道を好きなように
私は生まれ育った広島が好きだということなのです。
そういう気持ちは、それぞれの人の中に自然に根付くものだと思うのです。

同じように、日本人が日本を好きだということも、
それぞれの人の心の中に自然に根付くべきものだと私は思います。
今、その日本人の愛国心にまで法で定めようという動きが進んでいます。
「教育基本法」の改正のことです。
日本の子どもたちが愛国心を持つように、教師に指導させようというのが
今回の改正の大きな変更点のようです。
私にはこれが正しいとは思えません。

私は法律の専門家ではありませんが
法律というのはあくまで行為を規制するものであると思っています。
人間の心の中まで法律で定めようなどというのは論外です。
確かに、今の日本人は(特に若い世代は)
日本に対しての愛着のようなものが薄いと思います。
また、私の親や祖父の世代は、戦前の反動で、
愛国心というものをあまりしっかり教えられていない
というのも事実だろうと思います。
でもそれを、国が政策として指導するなど
ということに大変な危惧を感じます。

もう一つ刑法(だったと思います。)に新しく規定されようとしている
「共謀罪」という罪についても同様です。
これは解釈しようによっては、犯罪行為ではなく
犯罪をしたいと考えただけで罪に問えるという決まりです。
法律の解釈次第でかつての「治安維持法」を不回るほどの悪法になる可能性が高いのです。
先程も書いたように法律というのはあくまで行為を規制するものであると思っています。
この「共謀罪」は採用すべきではないと私は思います。

経済に関しては規制緩和が進む中で
私たちが知らないところで
私たちの生活に関する内容ではどんどんそれに逆行するような内容の法律が
作られています。私たちはそれに敏感に反応し、国に対して意見を述べるべきです。
それと同時に報道機関にはしっかりと国の行うことについて報道して欲しい。
報道されなければ私たちには何が起こっているのかさっぱりわからないのです。

私にも子供がいます。
子供の世代に国に監視されて生きていくような生活をさせないように
しっかり国のすることを監視していかないといけません。

憲法(第12条)では「この憲法が国民に保障する自由や権利は、国民の不断の努力によって、
これを保持しなければならない。」と書いてあります。
私は別に護憲論者ではありませんが、国の行いをしっかり知って、賛成できることとできないことを
見極めるべきだと思うのです。
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by soul_doctor2005 | 2006-05-19 01:17 | ニュースについて

授業時間数

社会科の授業を担当していていつも思うのですが
やはり、中学入試の社会科は、小学生には難解なのです。
それでも、興味のある生徒(男子が多いです)はしっかりきいて
考えてくれますが、興味のない生徒(女子が多いです。)は
つらそうに聞いています。学校くらい授業時間数があれば
駆け足じゃなくいろんなエピソードを交えたり
もっともっとかみ砕いて説明できるのですが
いかんせん授業時間数が足りません。
どうしても最低限必要な知識を駆け足で説明して
駆け足で問題演習をするという形になってしまいます。
興味を持って自分から学習するという形に持って行きにくいのです。

試行錯誤しながら取り組んでいくしかないのでしょうね。

以前勤めていた塾では、中学生を英数中心にするために
他の3科目(国理社)の授業時間数を半減するということがありました。
もちろん国理社の指導者は反対したのですが、そのとき私の上司が
「じゃあ、授業数を二倍したら成績が二倍になるのか?」
と、国理社の指導者を問いつめて、結局削減案を押しきってしまいました。
私は当時カリキュラムの責任者ではなかったので、
発言権が無かったのですが、もし権限があればこう反論したかったです。
「授業数が2倍になっても、成績が2倍になるわけではないが、
それでも、授業内容を説明するのに最低限必要な時間数というのはある。」
今でもこう思っています。

しかし、現実にはそれだけの時間数を確保するのは難しい。
塾に来る生徒も保護者も、消費者のひとりですから、
「少ない時間で大きな効果を出す。」ことを期待しているからです。
ですから塾も企業として、それに応じたカリキュラム構成をせざるをえない訳です。
出来ることなら、生徒に週6日くらい来てもらって、授業数を今の2倍くらいにして
家で勉強しなくても、塾だけで十分力がつくという状態にしたいのです。
ですが実際にはそういうことにはなり得ない。
今できる状態の中で最善を尽くすしかないですね。

「時間がいくらあっても足りない。」のが
いつもの現状です。
「もっともっと教えたい。」と思っていても
子供も他の習い事などで忙しくて、あまり時間を作れない。
ずっと抱えているジレンマです。本当にもどかしい。
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by soul_doctor2005 | 2006-05-19 01:13 | 塾の仕事を通じて

占い

私は占いというのはあまり信じません。
星座とか血液型とかで人間性が分類できるとは思わないし、
まして運勢や運命がわかるとは思えません。

でも何となく神社に行けばおみくじを引きますし、
テレビの「今日の運勢」などもついチェックしてしまいます。
とはいえ、朝の番組で見た「今日の運勢」もたいていすぐ忘れます。
要するに気にはなるけどあまり重視はしていないわけです。
自分中心に考えてはいけないかもしれませんが、
たいていの人はこの程度の認識では無いのでしょうか?

最近テレビによく出ている細○○子とか、江○○之とか
あきらかにインチキくさい「テレビ占い師」を見ていると
ますますそう感じます。
こういう人たちがテレビでもっともらしいことを言っているのを見るのが
私には不快です。この人達がテレビにでていると
私はたいていチャンネルを変えるか
電源を切ります。

ですが、世の中にはこういう人たちを見るのが好きな人が
かなり多くいるわけですよね。
視聴率が高いからテレビに出ているわけですから。
どういう人が好んで見ているのでしょうね?
ちょっと気になります。
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by soul_doctor2005 | 2006-05-17 11:09 | 日常の出来事

広島フラワーフェスティバル

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先日の記事でご紹介しましたが、広島フラワーフェスティバルに行ってきました。
本当は昨日のうちに更新したかったのですが、非常に疲れていて午後9時には寝てしまいました。今年で30回目の開催のフラワーフェスティバルですが、私は毎年行っているわけではないので今年は10回目くらいでしょうか?
子供の頃はほぼ毎年行っていました。
昔、くじ引きで小泉今日子の特大パネルが当たって、バスでもって帰るのが
恥ずかしかった思いでがあります。
年を追うごとに会場が広くなっているように感じるのですが、
今年も会場が増えて、全7会場で行われたそうです。
とにかく会場は広いし、複数のステージととてもたくさんのブースがあるので
今までも全てのイベントをみたことはありません。
それにすごく人が多いです。昨年は3日間で160万人が来たそうですから
恐らく昨日一日で55万人くらいいたんでしょうか?
とにかく人だらけです。
会場のどこかに知り合いがいても、まず気がつきません。
正直言って私の家のように小さい子供がいる家庭には大変です。
子供を抱っこして、肩車してある続けるのはたまりません。
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フラワーフェスティバルの名物はパレードなのですが、
人垣が多くて、ほとんど観ることができません。
それでも子供が見たがるのでずっと肩車です。疲れました。
行くまでは結構楽しみにしているんですが
行くと早く帰りたくなります。
それでも、多分来年になったら、また行きたくなるんでしょうね。
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」と言いますし、
大イベントならではのあの「お祭り感」がいいですよね。

5月か6月には広島では「とうかさん(広島浴衣祭り)」もありますし
夏には「広島港花火祭り」や「サウンドマリーナ(音楽フェス)」が
すぐ近所であります。
文句言いつつもイベント大好きです。

明日からは、九州に2泊4日(一日は車中泊です)で旅行に行ってきます。
天気が良くないようなのが心配ですが、もうカッパも買いました。
雨天決行で楽しんできます。

皆さんもよい連休を。
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by soul_doctor2005 | 2006-05-04 23:21 | 日常の出来事